精神を苛まれる、警察による無限精神拷問。


2023/11/22の投稿アップ。

米国の職質。国民敵視、決めつけ犯罪者、素行調査の嫌がらせは何処でも同じ。
https://vt.tiktok.com/ZSNmckPRU/

Xの#拡散希望
下の動画を見てたら、自分も同じ体験をしたので見ていたら段々腹が立ってきた。
どの国でも国家と警察は個人情報を知りたがり、調査をしている。
そこには様々な目的が含まれているが、主要な目的は「警察はお前を監視してるぞ」と洗脳することだろう。
第三者の目を刷り込まている国民は整然と行動している。
外国人が日本人と日本社会を目ていて驚くのは、その整然と行動し渋谷スクランブル交差点でも人々が交差して行き交い停滞もトラブルも起こさないことに驚いているのは有名だ。

誰が決めたのでもないだろうが、その洗脳が効いていて道も真っ直ぐに歩くし、行きと帰りの人の流れが別れ決ができている。
こうなるとその中で違う行動されると歩きづらくなるので、互いの行動が異質とならないように抑止しあっている。
私のような遊び人は興味に惹かれてフラフラ歩くから迷惑がられ、度々「おば様」(ババァ)から眉間に皺を深めに入れられて、剣幕顔で睨まれたりする。
男がそんな顔して睨み合ったら殴り合いになるから、ぶつかっても涼し気な顔を造り会釈する。

職質は、私の場合は警官二人であった。
高校卒業して間もないだろう若者が、私を呼び止め職質を掛けてきた。

私のどこを見て怪しく思ったのか、私を特定して職質してきた。
私が遊び人だとはいへ人々は私を細面の方だというし、顔つきも様子も悪者や暴力好きには見えないはずなのだ。

警官は「カバンの中を見せろ、嫌がるのは強器でも隠してるからじゃないか、見せろ!。
見せないな警察まで来てもらい尋問する」と定番の脅しをした。
難癖つける嫌がらせで、無頼ヤクザと同じ手口だ。
カバンの中を開けさせ中身を出させ、ポプリの乾燥植物見て物知らずの若造だからヤクと疑い、緊急無線を入れたから大変。大の大人十人ぐらいがパトカー2台で来た。薬物専門の警官がポプリをチラ見して何か伝え合い全員一瞬で帰った。若造警官も自転車で立ち去った。
職質を謝罪した者は誰もいなかった。一時間超えの顛末だったが、その後の時間が経つに連れ怒りが湧き、増してきた。
今思い出しても腸が煮えくり返るのがわかるだろう。


欧州議員、ワクチン人口殺戮世界勢力と戦う事を表明した。やっとここまできた。

https://twitter.com/qryptraveller/status/1678972122901651458?t=VyuP-6eoZ3WRgRzNpMQhKw&s=19
日本では、ワクも人口削減も公式に認めていない。野党やマスコミでもあるか?マスゴミは一つの番組の一つの記事の、関係情報として伝えているだけで公式の見方考えとしては、皆無。
我々が騒いでも「陰謀論だ」の世論工作隊の書き込みで無力にされるだけ、世界的に欧州とロシア中国の力に頼る以外ない。

しかし「世界勢力」を誤って規定しているかも、あるいは誰かは特定できていないようなのが残念だ。
ここでも私は明示しておく。
敵はユダヤ教聖職者たちだ。


ボランティア、施し、支援、援助、子供食堂問題。

いいや、施しが悪いのは「相手のためにならない」からではありません。それは鬼の所業だからやめるべきなのです。

施しは、人間の命の根源である尊厳を傷つけるか、もしくは奪う所業なのです。

「ひとは食べるだけにあらず」とキリストがいい、聖書にあるように、重要な問題がある事柄なのです。
多くの人々は真剣に考えず鬼の所業をやっているのです。やってるのですが、気付かないのです。

特に女達はその上に優しさを勘違いさせているため、我が子と子どもたちを食い殺していること(同じ行為と活動をやってること)に気付かないのです。

こう言い足しても女達は、女性蔑視、男尊女卑思想の持ち主、家父長制思想保守主義者とかの言葉を対置させて、事足り済んだと思うのです。

キリストも言い、ブッタも女の鬼子母神性を言い、警告し教えているのに、多くの人は真剣に聞きません。 

そうして自分は愛だとか幸せ求めてるといい、自分は実際にそうしている、一生懸命やり生きていると言ってるのですから離婚したり不幸になるのは当たり前の帰結、必然なのです。
自分でそうしているのですから。

それらの問題を哲学の科学の言葉で解説しましょう。
といてもキリスト教も仏教もその教えを日々、多勢で普及させているのだすから、しかし人々に理解が広がらないのですから、私が言っても徒労だと、結果はでていますが。

真剣に気構え考えれば分かりにくく、下手な文書、頭悪の悪さまるだし文書でも、おおよそが理解できるはずです

真理既得とそれが独りよがりの主観の偽物「真理」ではないことへの、つまり研鑽への挑戦なのです。

人々に教えという財産を、施してあるのでありません。

施しではなく、救済は人として当然やるべきことです。多くの人はその違いと2つの意味内容を理解していないため、人の命の火を消しているのです。


ゆーちゅーぶ。感想投稿
デモクラシータイムス佐高信流人物評伝の奥行き 『佐高信評伝選(全7巻)』【著者に訊く!】20231103 
https://youtu.be/_AbofoJiLPU?si=DZcnRKrmNnlGs01y

拝聴して、ふっと思うのは、全体が分かると細部が分かるのか、細部が分かると全体が分かるのか?ということだ。

いま人類の知が窒息しかけているが、この動画と紹介著作がそこに栄養を送るものになるのか、混乱を拡張させるものになるのかも、そのような問題が関わっているように思える。それでも、そうして拡張させて窒息しても、そこから再生も起こるだろうから終息も歓迎する思いもする。

抽象的すぎて意味不明だろうが、そのように感じる。




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