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【参政党10の柱(9)】科学的・総合的・合意形成の基礎

『9. 地球と調和的に共存する循環型の「環境・エネルギー体系と国土づくり」』


キーワードが並ぶが,全体としては意味不明の部分が多く,乱暴な主張が目立つ.

これを書いた者は,おそらく中学卒業の値打ちが無い,数学も理科も国語も落第の可能性が高い.(あるいは意図的にそうしている).社会科は?これはむしろ,日本の社会科教育のお粗末さに気が付いた.その所為かも.

親子・友達の延長ではなく,社会関係がベース


教科書には書いて無かろうが,基礎的なこと確認すべきだろう.

大きく言えば人類の特徴,人の発達の3段階目が社会関係レベル.(その前は,親子関係,友達関係).このレベルは誰でも自然発生的に到達するわけでは無いので,そのためにも中等教育では社会関係を対象とする社会科が必要になる.

その一歩目の知識はこれ.社会関係レベルの基本は,親子でも友達でも無く他者,すなわち全くのアカの他人関係.で,その使命は,協働の生産的アウトプットを生むために,先ずは他者と最低限の協力が可能となる冷たいが厳密な言葉のやり取りが必要になる.政治・議員を志す者は,これをアカの他人そして不特定多数のために出来ることが条件.

これが分からないものが政治・議員を志すこと勿れ.本人だけでなく社会が破滅に至る道.

かれらは政治に対する大衆の一般的不満につけ込み,冷たい言葉ではなく耳に入りやすいスローガンで贋親子・友達モドキ関係を高揚させ,それを私利私欲の追求に利用=大衆操作する.他方対象者は,最低限の協力で生産的アウトプットを生む代りに,インスタントな熱い祭りで精神を消耗させられる結末となる.

そして間違って議員になれば,レスペクトすべき他の議員と本来の仕事である冷たい議論を詰めることができず,只その場の数合わせ要員となり熱い詰め寄り擦り寄り活動に果てることになる.



内容に入る.

1. 現実的とは?

イントロの

エネルギー安全保障に現実的な答を出し

というフレーズ,
前後を見ても意味が確定しない.何故そのようなものが出てくるのか?
この場合「現実的」とは何か?という疑問が出て来る.「現実的な答を出」すことはどうやって可能か?その基準は何か?他者の他の対抗的な答えが念頭にあるのだろうが,それは何故現実的で無いのか?
何も無い.想定するのも無理.要するに重要な問題に議論の対象になるような答えを出す能力が無い,ということだろう.それにも関わらず,「現実的」という言葉が頻出するのは,その言葉を翳して独断的に(要するに議論無しで)事を進めるということであろう.


2. 最適・科学的知見,国民的合意

安定性・安全性・経済性・環境調和性を極大化させる現実的な最適エネルギーミックスの実現と、真に科学的知見に基づいた国民合意の形成

ここでも意味不明な「現実的な」という言葉が出てくる.次いで,「極大化」「最適」,「真に科学的」,「国民的合意」.

「安定性・安全性・経済性・環境調和性を極大化させる」という考え方には違和感を覚える.「極大」という言葉が出てくるが,初等解析学における極値を念頭においているのではあるまい.それ行けゴーの一次方程式が念頭にあると思われる.(その場合は極大という言葉は意味が無い.)

どちらを前提にしたとしても,現実的に,ここに挙げられた4つの要素が互いに矛盾せず伸び伸びと「極大化」できるとは思えない.従って現実的には,それぞれに最大値を設定して,かつ妥当な加重値をつけて全体的な最適値を求めるとかなら考えられるのだが.

また,現実世界で「安全性」等の「極大化」などが求められるなど聞いたことが無い.(それこそ現実的な落とし所が求められる).とするとこれは,要するに「ガンバレー,モットー」の類の励ましを,もっともらしい硬い言葉に置き換えた無意味なフレーズ.

「現実的な最適」.普通は両者は矛盾する.ということは,恣意的に選択肢を予め狭めておいて,それを現実的と称して,その後で最適を選ぶのであろう.そこでは,予め恣意的に狭められた現実的なるものがキモである.誰がどのような基準で決めるのか?

それと,科学的に「真に」など普通は付けない.余程のことは普通は無いものである.それとも,自説以外は全て非科学的ということか?

このような,科学的とはおもわれ無い記述に続いて「真に科学的知見に基づいた」と来ると頭が悲鳴をあげる.そのような種類の「国民合意の形成」があると夢想しているらしい.

要するに,科学的分析能力も総合化の方法も,衆智を集めて根気よく合意を図る能力もない中,従って強引に勝手な国民合意の形成なるものを作り上げてしまう,ことが予想できる.


3. 連立方程式

カーボンゼロ目標を目指すにあたっては、国民経済の負担増を回避できる範囲での次世代循環型エネルギーの活用と安全な次世代原発の推進をもって対応。

スローガンを並べるだけでは議論にならない.従って議員候補者としては相応しく無い.

例えば,「国民経済の負担増を回避できる範囲」,ここが明確でない以上,無意味.

a) カーボンゼロ
b) 国民経済の負担増を回避
c) 想定期間内で効率水準を満たす,次世代循環型エネルギーの活用と安全な次世代原発

以上の連立方程式を解ける,有能で勤勉なスタッフがいないのであろう.ならば黙るかもう少し上手く逃げるべき.


4. 総合的

安定的なベースロード電源を基幹エネルギーとして据えた上で、地域特性に応じた地産地消の分散型エネルギー供給システムを各地域で展開し、地域の地力を強化(二層構造のエネルギー供給体制)。

「安定的なベースロード電源を基幹エネルギー」,具体的にそれは何を使うのか?ミックスだとしてもその合理的基準は?

また「地産地消のエネルギー供給」がその地域で安定的であり基幹エネルギーとして使える場合はどうするか?その決定基準は?

つまり「二層構造のエネルギー供給体制」合理性の基準は?

国土強靭化を始めとする各種のインフラ整備にあたっては、日本の豊かな自然や生態系、土壌、水、空気とも整合する総合的な視点から進める。

この場合,「総合的」という言葉が無意味である.従って,「国土強靭化を始めとする各種のインフラ整備」は一部の関係者が恣意的にやるぞ!という宣言に等しい.

現代世界で,しかも一般多数に話を聞いてもらう場合に必要な教育を受けている者は,「総合的」という言葉をこういう恥ずかしい使い方をしない.

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