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乙宗梢、一年生

彼女にとって、夢とは一等星の輝きのような目標であり、同時に光の届かない場所に閉じ込められる呪いでもある。

幼き頃に見たステージの上で輝くアイドル。それを志して十数年、念願だったスクールアイドルになり、夢のスタートラインに立つ。

だが既に、この夢はエンドラインに迫ってもいるのだ。ラブライブ!優勝という夢は、一生のうち、たった3回しかチャンスが巡ってこないのだから。
何十年も過ごしていく人生の中で、たった三度きり。人によっては「3回も」と捉える人もいるだろうが、大多数の人は「3回しか」と考えてしまうだろう。それほどまでにこの夢には、「猶予」という名の時間が無いのだ。

夢は時に、人を縛る。
それだけに執着してしまえば、大事な成長過程の際にほかの大切な何かを得ることなく、そのまま未完成な大人になってしまうかもしれない。

彼女は成績優秀で、運動も他者よりは秀でている。音楽に関しての知識は人並み以上であり、周囲から慕われる存在である。
これだけ見れば「大人になっている」と見えてしまうかもしれないが、彼女は完璧では無いのだ。所々、何かが欠落している。ここから時系列に沿って彼女に触れていこう。

まずは一年目だ。
同学年にはスクールアイドルの才に溢れた夕霧綴理が在籍。彼女は説得を繰り返して部に招き入れることに成功する。
彼女の才能、特にダンスの才能は飛び抜けていて、梢以外の人でも目を奪われ、手放しで賞賛していく。
これは隣に立っている梢にとって、綴理の横に立てていることが誇りであっただろう。
「ラブライブ!優勝という夢は、叶えたい夢から叶えられる目標へ」
綴理を見た彼女はきっとそう思ったに違いない。

だが、この事象は同時に彼女の道を蝕んでいく。
彼女は、夕霧綴理という女の子は、スクールアイドルとして優秀すぎたのだ。
隣に立っていることが、誇りから不安や焦りに変わっていったのだろう。
「ラブライブ!優勝のために、綴理の横に立つに相応しいアイドルになるために」
時間という止められない流れは、拭えない焦りと不安を産み、それをより大きくしていく。
やがてそれは周囲にも、隣の綴理にも伝わっていった。
綴理は梢を、恐らく気にかけていたのだろう。
綴理をスクールアイドルとして見つけてくれたのは、他でもない梢なのだから。
あの、誘ってくれた時の無邪気だった頃の笑顔や明るさは、もうその時には無くなっていたのかもしれない。
気にしても、「大丈夫」の一言で躱されてしまった。
「大丈夫」って、何?
全然、大丈夫じゃないじゃないか。
この言葉も、やがて2人にとっての「呪い」となっていくのだ。

時は過ぎ、竜胆祭。
同学年の藤島慈が負傷。
ステージに立てない。歌えない。
トラウマを背負った慈は、部室から姿を消した。
そして、おそらく同時期だろう。
生徒会長の任期が満了し、外部からの圧力を避けるため、部長の沙知も生徒会長になるために、部から姿を消した。
残ったのは一年生の2人。
梢は綴理を誘った責任もあり、この頃には不安が全身を蝕んでいたかもしれない。
沙知が担っていた事務仕事や、部長としての役割も全て彼女が担うことになったからだ。
一年生が、背負っていいものではないだろう。
だが、これが彼女の「欠落している点」の一欠片である。
それは、「全てをさらけ出せる本当の意味で信頼し合える仲間」を作れなかったこと。
簡単に言うと「甘えること」ができないのだ。
全てを自分の中で抱え込み、それを共有出来なかった。この頃の状況を見た精神状態を思うと、少し言い過ぎかもしれないが、上っ面だけで渡っていけるほど社会の闇は浅くないのだ。
不安やストレスを発散できる仲間を、事前に持っておけば、状況は変わっていたかもしれない。
綴理とは本音ではぶつかれない。
いい意味でも悪い意味でも、この頃の梢は綴理をリスペクトしすぎていた。常に距離がある感覚を、綴理も察していたのかもしれない。
身体的な距離は近くとも、心の距離は遠いような感覚を。
慈はいない。沙知もいない。いたとしても多忙な職の先輩の手を借りるのは、この頃の梢には出来なかっただろう。

そのままの心の距離で望んだラブライブ!予選。当然そんな関係性で究極のパフォーマンスができるわけも無い。
梢は自分にも自信が持てなくなった。
いや、違うか。満足出来なかったのか。
綴理の隣に立ち、並んで踊ることのハードルを自分で上げて、それに達していない自分の姿が気に入らなかったのか。
だが、綴理は違う。
この人はもっと、上のステージで輝ける。
だから彼女は、事前に打ち合わせをする訳でもなく、本番中に勝手に振り付けを変えた。
彼女は自分を「アイドル」から、「ガヤ」に変えた。自分は空の人形でもいいから。「乙宗梢」ではなく、「夕霧綴理」を立たせて、自分の夢を叶えるために。
当然そんなことを綴理が許すわけが無い。
「どうして?」
彼女はそう問いかけたという。
また、あの時の希望と羨望に満ちた目と声で、訴えて欲しかったのかもしれない。
自分の楽しさではなく結果を重要視したその姿勢が、綴理は耐え難かったのだろう。

北陸予選は通過し、決勝に進んだ。
だが、二人しかいない部で、その2人の信頼関係はボロボロだった。
だから、2人は隣に立つことを諦めた。
決勝は棄権、この瞬間、梢は夢を掴むチャンスを自ら手放したのである。
勝利に感情がないのなら、それはもはや勝利ではなくただの勝敗の結果でしかないのだ。

まだ全貌は明らかになっていった訳では無いが、103期蓮ノ空スクールアイドルクラブは光と影が交差した一年であったのだろう。

梢の、彼女の夢の1/3はここで終わりを告げた。
チャンスはあと2度。二人の関係値はどう変化するのか。まだ何も分からない。

更に時は過ぎ、梢と綴理が蓮ノ空の生徒として、スクールアイドルとして迎える2回目の春。
「ラブライブ!優勝」
この夢は今も梢自身と、綴理との距離を蝕んだまま。

その出会いは偶然か、必然か。
運命は交差し、やがて巡り会う。
そこで2人にとっての太陽と月に出会うことになるのだ。

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