続・裏めいどかふぇ日記

・・・いや、冗談抜きに酷くって、テンションだだ下がりで、本当にこの日記を書けるほど、メンタル回復してなかったんだよ。
最後に、某書斎にお邪魔するまでは。

・・・朝起きて、前日に米をほとんど食べていなかったせいか、無性にお腹が空いていて、いきなり吉野家で牛丼二杯食うという暴挙に及ぶ←
ホテルでごろごろしながら、改めて大須周辺のコンセプトカフェ類を調べて、ひとまずチェックアウトして大須へ。
急に甘いモンが食べたくなったので、名古屋らしくコンパルで小倉トーストを片付けて、メイド喫茶が開くまでゲーセンで遊んでから、期待を込めてまずは手堅くメイ○ーフに行ったのよ。

・・・ほぼ満席だったんだけど、少しだけ待ってかはギリギリ入店できて、まぁまぁラッキーとか思ってたんよ。
ハロウィンの特別メニューで、チェキ二枚付きのカボチャクリームパスタが1300円なのも、ディンブラがポット提供で750円なのも、まぁ良心的だと思う。
ただ、カップにヒビは入ってるし、店員は女性客か常連の所にしか来ないで、他の客は放置してるし、あの接客でチャージ500円ってのは、何なのよ。
いくら何でも、酷過ぎる!
あれなら、全く話しかけて来ない方がまだ良い。
同じ金額のサービス料金取っといて、目の前で差を付けられるのは許せないよね。
昔は、あんなお店じゃなかったんだけど、まぁ色々な話は聞いてたから、仕方ないのかなぁ・・・orz
いや、オイラの修行が足りないだけ、という気もするけど・・・。
ただ、さ。
昔は、確かに注文したものが絶対に一発で席に届かない、ゲー○ーズカフェとかさ、プレオープン期間とはいえ、気軽にメニューのハンバーグ定食頼んだら、何のアナウンスもなく丸2時間半以上待たされたカフェ・ア○スシードとかさ、ナイフとフォークが弾き返されるパンケーキを出してきた某地元店とかさ、まぁ、それなりにメイドカフェ修行を積んできた私めだけど、それでも皆一生懸命にやっての結果だから、仕方ないと思えるのよ。
何なら、応援してやりたくもなるの。
けどね、この残念なやり方は、商売の仕方としても許せないの。
なまじ、料理も調度品も最高なのが、本当にアダになってるよね。パスタも紅茶も、量も味も温度も最高だったよ。裏方は素晴らしいね。だけど、あんな接客態度・経営方針なら金輪際行かない。
店員の若い姉ちゃんと、金積んで話したいヤツだけが、繰り返し行けば良いと思う。
自分が昔好きだったお店は、もうとっくに無くなっていたんだなって、今回強く実感した。

自分がお店に行く理由って、いくつかあるんだけど、基本的にはそのお店を作った人に惚れ込んで行く事が多い。
今は無き某屋根裏部屋にしても、あの内装を設計し手作りした凄さや、そのオーナーの生き方や心意気に惚れ込んで、通う事が多い。
某屋根裏部屋の場合、マスコミに取り挙げられたり、様々な企画展等で著名人と交流があったりする中で、そういったお店の状況や商売としての順調さ・実績等をアッサリとかなぐり捨てて、新たな生活・ステージへと進まれた姿が、私には本当に人としてまばゆく見える。
某書斎にしても、移転する度にパワーアップしていく内装や、料理をはじめとした素晴らしさ、延いてはそういった経営方針や人としての自己実現していく様子の素晴らしさは、某屋根裏部屋に通じるものがあって、本当に大好きだ。
(特に、量や質の高い料理を提供するお店がシノギを削る名古屋にあって、その部分は全くのゼロからスタートした事を鑑みても、殊更に驚愕するほど素晴らしいと感じる。)
だから、あくまで私の場合はという話ではあるが、店員さん・メイドさんが可愛いからとか、内装が飛び抜けて素晴らしいからとか、メイド服が豪華だったりミニ丈でセクシーだからとか、料理等が美味しいからという事だけで、惚れ込んで行く訳ではないのだ。
そのお店を作った人間の生きる姿勢・経営方針や主義・主張のようなものに惚れ込んで、そこで初めて行きたいな・通いたいなと思うようになる。
(・・・もっとも立地や料金等の、別のハードルがあって行けないお店の方が多いんだけどorz)

だから、こういった調度品や内装等の良さや、料理の提供の良さ、さらにはメイドさんが話しかけてくるスタイルに切り替えました、という事前情報で引き寄せて左手側で握手しながら、その実はテーブルチャージ料金という名目で同じ金額を取っておきながら、両隣りのそれぞれ女性客・男性常連客のところには、常時入れ替わり立ち替わりで複数人の店員が話しかけに来て、その他の私のようなソロの男性客や、二人組で来ている客の席にはほぼ寄り付かないという姿勢を見せられると、右手側でブン殴って来ているようにしか感じられない。

もちろん、私のような中年男性ソロ客への、話しかけにくさのようなものも、当然あるだろうと思う。私の身の周りにも、そういった事を回避する為に、話の取っ掛かりとして例えばドールだとか、ぬいぐるみの類だとか、或いはロリータ服等で構えていって、ある種の「絡め手」で店員さんと打ち解ける、というスタイルの人も多々見受けている。
(それはそれで、ただ単純に・純粋にそれらの物事が好きで、結果そうなっている部分が大半なのだとも思う。)
ただ、あくまでも私の場合はという話だが、敢えてそうした物事を取り払って、純粋に自身のその時に持ち合わせている全てのもので、対等に一人の人としての人間力のみで、どこまで相手と話せるかという力試しを毎回行っているので、そういった「絡め手」は用いていない。
毎回、人間力向上のレッスンの場として、または新たな情報や知識等を仕入れる場として、こういった機会を利用している。そうでなければ、我々のような社会人は基本的に職場の人間か、或いはせいぜい家族や友人との会話に終始するのみで、生き方や年齢等の立場の異なる人種とこうして交わる機会が無いからだ。
凝り固まった人間関係・環境下では、思考や主義・主張、世代的な感覚や通念等が、どうしたって偏ってきてしまう。
とりとめもなく広げてみても、収拾がつかなくなってしまうが、メイドカフェ等のある程度の絞り込みが済んだ状況下では、好都合だ。
そんな訳で、私の場合はあくまでも基本的には飲食店としての利用がメインではあるが、それに伴って発生するコミュニケーションの場面の利用方法としては、こういった捉え方をして活用している。

・・・余談ながら、だからこそ、尚の事そういった貴重なコミュニケーションまで取れるメイド喫茶等で、こうした場を自らの手で台無しにしてしまう身勝手な輩が許せないのだ。
店員さんや女性客へのナンパやイタズラ、セクハラにストーキング、果ては一方的な告白や嫌がらせ等々、古今東西枚挙に暇が無いが、何故皆単なる飲食店でそこまで誤った方向に、自らの首を絞めに行く方向に行きたがるのだろうか。
果ては、オーナーが従業員を守ろうとすると、そういった行為や姿勢・態度が邪魔だと感じている人間までいるようだ。
私には理解ができないし、したくもないが。
頼むから、みんな普通の飲食店として利用してくれと、本当に心底それだけを願う。


そんなこんなで、テンションだだ下がりで、行った事のない他の店に新規開拓しに行く気力も無く、かろうじて他の用事を済ませてから、予約していた某書斎に今度は迷わず無事に到着して、傷心を癒したのでした。
・・・たまたま偶然だけど、ワンダー○ーラーと兼任している店員さんがいて、色々お話しできて良かったですwww
・・・ぼちぼち屋根裏部屋・図書館が無き今はとなっては、こういった良店は本当に貴重だとつくづく感じた一日でした・・・。

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