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Lordstown Motors($RIDE)とハブモーター

米国はバイデン政権の発足から早くもパリ協定への復帰を果たしており,地球温暖化ガスの削減に向けた動きがさらに加速する見通しです。
自動車分野では,GHGやCAFE規制の強化によりZEVの導入拡大が確実視され,この流れを受けてテスラをはじめとするクリーンエネルギー銘柄が強く買われていました。
こうした動きの中で,米国株式市場では電気自動車のピックアップトラックを生産しているローズタウンモーターズに注目が集まっている様子です。
銘柄分析は,専門家の皆さんがすでに取り組んでいるようですので,ここではエンジニ屋の視点からローズタウンモーターズの特徴を分析し,将来を占ってみます。

1.Lordstown Motorsの生い立ち

ローズタウンモーターズ(以降,LMC)は,オハイオ州ローズタウンの旧GM工場を生産拠点として購入したことで知られています。新興EVベンチャーのイメージが強いLMC社ですが,沿革を紐解いてみると,いわゆる”新進気鋭のベンチャー”ではなく,実は質実剛健な会社であることが見えてきます。

創設者のSteve Burns氏は古くから自動車産業(主に商用トラック)分野に携わってきた人物で,Workhouse Group社($WKHS)の創業者でもあります。Workhouse Group社は1998年にGM社のP30 / P32シリーズのステップバンやキャンピングカーのシャシ生産を行っていた会社が起源です。
また,同氏はガソリン車のEVコンバートを手掛ける会社であるAMP Electric Vehicles社の創設者でもあり,2012年に両社を合併することでEVトラックの生産を開始しました。

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AMP Electric Vehicles社がEVトラックメーカーに(2012年8月)

その後,2016年にはEVピックアップトラックの開発に着手しており,これがLMC社のEnduranceのベースとなったプロジェクトです。
同氏はWorkhouse Group社にてEnduranceの開発を進め,量産化の目途がたったことから旧GM社のローズタウン工場を取得し,LMC社の創設に至ります。

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Workhouse Group社のEVトラック(すでに量産されている)

2.Lordstown の自動車工場について

GM社がChevrolet Cruzeを生産していたころは40万台/年の生産能力をもっていました。Enduranceの生産計画は24年で10.7万台ですので,バッテリパックやハブモータの生産設備を除けば,十分な生産能力があることが分かります。
通常,乗用車のOEMは開発完了から半年から1年程度で量産を立ち上げることを踏まえると,十分リスクを抑えた計画になっているようです。
乗用車よりも,製品のライフサイクルが長い商用トラックだからこそ可能な生産計画とも言えます。

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3.EVピックアップトラック Enduranceについて

Enduranceの特徴的な技術としてハブモーターを採用したことによるシンプルなシャシ構成が注目されています。

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Enduranceのバッテリパック・パワーユニットのレイアウト

「ハブモーターを採用することで部品点数が削減できる」と考えている方もいるようですが,それは本質的な狙いではありません。
ピックアップトラックとして必要な牽引力を実現するためには4WDが必要になるわけですがパワーユニットを前後に搭載すると,バッテリの搭載スペースが損なわれてしまいます。
ハブモーターにより,バッテリ搭載スペースを広くとることができると,価格が安く安全な低エネルギー密度のバッテリが採用できます。
以下が109kWhのバッテリパックを搭載するEnduranceのコスト構造ですが,年間10万台程度の生産台数に対して156[ドル/kWh]~138[ドル/kWh]というコストは非常に安いと言えます。

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Enduranceの原価構造と原価低減計画

参考までにTESLAモデル3のバッテリパックの原価を計算すると,年間10万台で試算して$13000 / 75kWh = 173[ドル/kWh] になります。(セル単価125[ドル/kWh]で計算)

原価全体の40%を超えるバッテリパックを安く作るために,リスクをとってハブモータを採用したと考えるのが妥当です。

4.ハブモータのリスク

◆量産品質
Enduranceのハブモーターは,スロベニアにあるelaphe社から技術提供をうけて開発し,自社生産するものになります。
過去にBMW社などに試作品を供給した例はあるようですが,これまで量産実績はないものと思われます。同社WEBに掲載されているラインは明らかに試作ラインですし,Google Mapで同社を調べたところ所在地にあるのはLaboのみでした。
量産品質の面で大きなリスクがあるものと考えらえます。

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Enduranceのハブモータの概観

耐久性
技術情報が少ないため,公開されている概観図のみからわかることとしては,ブレーキの搭載スペースを確保するためにアウターロータを採用しているものと思われます。
アウターロータ型モータの構造は下図のようになっており,モータ固定部と回転部の隙間がわずか1mm程度で構成されています。
ダイレクトドライブ式のハブモータは,段差などを乗り越えたときのタイヤへの衝撃がそのままモータの回転部(ロータ)に加わります。そのため衝撃による変形などで1mmの隙間が詰まってしまうと回転がロックし,モータが破損してしまいます。
これは耐久性の面で大きなリスクになります。

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アウターロータ型モータの回転部と固定部の関係

動力性能
Enduranceのハブモータはアウターロータであるため減速機を使用できません。ダイレクトドライブが前提になりますが,20インチ程度のホイールに収まるモータで十分なトルクが出せるかどうかが課題になります。

Enduranceが商用をターゲットに置いた理由や動力性能が公表されていない点などがこの考察の裏付けになっていると考えています。
(乗用をターゲットとすると,コンペティターはTESLAのサイバートラックとなり,Enduranceの動力性能では勝負になりません。仮に勝負しようとすると,オンボードのモータを採用することになり,高コスト化してしまうでしょう)

コンペティターのFord F150と同程度の動力性能を持たせようとすると,その難しさが明らかになります。

仮にEnduranceのホイールを20インチタイヤ(275/45R20)だと想定すると,おおよそホイール内部にモータを搭載可能な体積は18[L]程度と考えられます。
磁石付き同期モータのトルク密度は,大きめにみても 80[Nm/L](30秒定格)程度と言われていますので,4輪合計で1443[Nm]が最大トルクとなります。
減速機をもたないため,ここから得られる駆動力は15290[N]となり,いわゆる乗用SUV(トヨタ・ハリヤー,スバル・フォレスターなど)と同程度になると予想されます。(もちろん乗用SUVよりもEnduranceのほうが重いです)

一方,Ford F150の駆動力は26000[N]ほどあります。もし動力性能を同程度に引き上げようとすると,トルク密度を1.7倍に引き上げる必要がありますが,これは現実的な数字ではありません。

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5.これからおこること

Steve Burns氏の商用トラックでの実績とGM社とのコネクション,足掛け10年以上の技術開発の積み重ねを踏まえると,Enduranceは無事に量産までたどり着けることでしょう。
さらに,商用分野にターゲットを絞り動力性能をゆずることで,コスト面でガソリン車よりも有利なEVに仕立てたことにより,目標生産台数を達成するものと考えられます。
一方で,量産開始から数か月後の2022年1月ころには,多くの品質トラブルに巻き込まれると考えられます。その多くはハブモータに起因するものでしょう。

以上より,21年4Qの品質トラブルを無事に乗り越えることができれば,その先でコスト競争力を武器に販売台数を伸ばしていくものと予想します。

6.まとめ

EVの普及は商用から進むといわれています。商用車は運用ルートや使い方が限定されており,充電インフラを整えやすいためです。
さらに,ハブモータのような量産実績が少ない技術を投入する場合は,商用車のように法人相手のビジネスのほうがリスク管理がしやすくなります。

LMC社が狙うこの商用トラック市場は,EVにベストマッチしたマーケットと言えます。今後の同社の活躍に期待したいと思います。



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