薄暗かったミスドのはなし。

 祖母の家の近く、商店街の端にあったミスドは、色硝子越しのぼやけた光で薄暗かった。
 立地も商店街と飲み屋街の境目で、今思えば、多分、居酒屋か喫茶店の居抜き店舗だったんだろう。
 けれども小学校に上がる前の私はそんなことは分からず、ミスタードーナツとはこういう大人な雰囲気の店なのだと思っていた。その雰囲気にどきどきしながら、ショウケースの前で悩みに悩んで、いつも、D-ポップを頼んでいた。
 D-ポップが好きだった。
 頼んでいいのは「ひとつだけ」だったから、「ひとつ」で沢山の味を食べれるのはお得に思えていたんだと思う。
 中でもゴールデンチョコレートの小さいやつが好きで、黄色いカリカリはいつも零れてしまって、オールドファッションを食べる母と「こぼれちゃうね」と笑ったのを覚えている。祖母と父が何を食べていたは思い出せない。父は何か、パイを食べていた気もする。
 母のオールドファッションだけ覚えているのは、今に至るまで、彼女がいつもそれを頼むからかもしれない。
 当時住んでいた家の近くには店舗はなかったから、祖母宅に行った時、あるいはその近くの病院の帰り、ともかく「ミスタードーナツ」とは、そんな日常の外にあるものだった。

 その店舗は、中学に上がる前に無くなったと思う。
 記憶が定かではないけれど、祖母宅よりも家に近い場所に大型のショッピングセンターができて、その中に移ったから、確か小学校高学年の頃。
 新しくなった店舗は明るくて、なんだか目がちかちかした。
 その頃には自転車に乗れるようになって、一人でもミスドに行けるようになっていた。友達と遊ぶ場所も大体はそのショッピングセンターで、ミスドは、非日常から日常の光景になった。目がちかちかした暖色の店舗にも、高校を卒業する頃には馴染んでいた。

 それでも、今でもまず思い出すのはあの、色硝子越しの薄暗い店舗だ。

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