すずなり蔵(1)
「爺ちゃんの家に行った時は、ぜーーーったい蔵に入らない!って言うのが約束だったんだよね、理由はあんまり話してもらえなかったけどさ」
子供の頃から、いやに大きい家だなあとは思ってたんだけど……と話し始めた物部(ものべ)さんの実家は、住宅街から離れ田畑に囲まれた辺鄙な所にある。
「うちの家は昔は呉服屋だったらしいんだけどね、歴史とかは詳しくなくて……蔵に古い着物とか装飾品がたくさん仕舞ってあるから絶対に触るな、って言われていたわけ。アンティーク着物って言われる種類の着物は戦前からあるものなんたけどね、ほつれたり破れたり劣化が酷いものもあるから、あんまり触ってほしくなかったんだろうね」
たまに真っ昼間に蔵の中を祖父が掃除しているのを見たことがあったが、桐箱が幾つも並んでいていかにも高そうなものが沢山ある雰囲気がしていた。
「で、そういう蔵だったから子供だった俺には絶対に入るなっていうのが言いつけだったわけ。でも、ちょっと怖いなって思ってたから近づくけど入ろうとまでは思わなかったの」
というのも、たまに蔵の中から変な音が聞こえる事があったからだ。
しゃんしゃん。
鈴の音だ、と幼心に確信があった。
しゃんしゃん、しゃんしゃん、しゃん。
蔵にはいつも鍵がかかっている。
中に誰もいないはずなのに、しゃんしゃんと鈴が鳴る音がするのだから怖いに決まっている。
「その出来事自体は怖いけど、嫌いじゃなかったんだよね。しゃんしゃん、って鳴る音がもう凄く綺麗で……」
鈴の音が鳴ると蔵に耳を近づけた事もあるほどその音は美しかった。
蔵の中に人や生き物がいないのは明白だったから“オバケ鈴”と呼んでいた。
傘に足が生えた奴とか、カッパとか、一反木綿とか、そういう妖怪みたいなものと思い込んでいた。
「蔵の中に妖怪が出て鈴を鳴らしてるんだー、みたいな感じで思っていたわけ……で、小学4年か5年生の盆休みに親戚が集まった時にその話を親戚のお兄ちゃんにポロッとこぼしたんだよね」
こっそり蔵に見に行ってみよう、肝試しだ!
そういう話になった。
蔵の中からいつも音がしている訳じゃないけれど、音が鳴る原因がもしあるのなら謎が解明されるかもしれない。
こっそりと蔵の鍵を盗み出して夜、皆が宴会をしている間に忍び込もう……と。
「シュウちゃんって、従兄弟の俺より5つ上くらいの男の子がいたんだけど……その子が祖父の寝室から鍵をとってきて」
夜遅く、わいわい賑やかな酒の席を横目にこっそりと抜け出して蔵に侵入した。
蔵の鍵を開ける前2人で耳をすませたが、鈴の音は聞こえなかった。
「蔵の鍵、南京錠だったから結構重厚感あるタイプのやつだったなあ……。夜だったから小さい懐中電灯も持って行ってね、中をぐるーっと一周」
物部さんも従兄弟のシュウくんも倉庫の中の桐箱の中には着物しか入っていないと言うことは知っていた。
「俺もシュウくんも、蔵の中に着物と装飾品がいっぱい、って言うのは知ってたし……でも俺らが知りたいのは“鈴の音の謎”なわけ。どこから鳴ってるのか知りたかったんだよ……ってか、普通にどこかに鈴がある!って思ってたんだよ」
蔵の中に鈴があって、何かの拍子に鳴るのではないか?そう考えていた。
「2人で宝探し状態。桐箱を開けて鈴がないか確認して戻して……を繰り返してたの。でも全然見つからなくて」
もう全然、見つからないや。
壁に沿う形で棚はあるけれど、上の方は手が届かないからと諦めた。
そろそろ冒険もおしまいにして蔵を出て、こっそり鍵を戻しに行こう……と2人で話しているまさにその瞬間。
しゃん。
小さな音がした。
しゃん。
また聞こえた。
どこからかと思って色々なところを探したが、桐箱に耳をくっつけても何をしてもどこから鳴っているのかわからなかった。
続き:集中力が切れたんじゃぁ……あした……
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