見出し画像

『オアシスサウナ アスティル』 - はじまりのサウナ

「サウナ、なんかよさそうな気配は感じてるんですよね」

これほど深くサウナにハマる前、夏の終わり頃にとある飲み会で僕は言った。サウナ大使タナカカツキの聖典「サ道」を読んだのか、銭湯神ヨッピーの交互浴の記事を読んだのか、良さそうと思うキッカケは何だったのか。正直いまはもう覚えていない。

会社の同僚で組んだバンドの決起会、次のライブにむけてやりたい曲をダラダラと話す趣旨の飲み会だったと思う。脱線も甚だしい。

「サウナ、僕も最近ハマってるんですがイイですよ」

バンドメンバーの中で最年少の男が僕の言葉に応える。彼は僕よりひと周り年下の世代のはずだが、音楽の趣味やカルチャーの志向が妙に合う男だ。つまり、彼の言葉は信用できる。

「このあたりでいいサウナってどこですかね?」

「新橋のアスティルがいいんじゃないですか」

よし、アスティルに行こう。そう決め、その日は程なくして解散した。

新橋。転職回数の多い僕が前職で働いていた街だ。当時はまだ20代。仕事をサボり駅前ビル地下の喫茶店でWBC決勝でのイチローのヒットを目撃し、知らないおじさんとハイタッチをした思い出がある。そう、新橋といえばおじさんの街だ。そんな街にあるサウナ。おじさんになった僕にはちょうどいいではないか。

ーーーーーーーー

とある週末の昼すぎ。オフィス街でありおじさんの街である新橋は、休日の昼間はエアポケットのように人が少ない。サウナもすいているだろうと目論み、ひとりアスティルへ向かう。

『オアシスサウナ アスティル』は新橋駅前ビルの裏側、駅から歩いて2〜3分のところにある。1Fがパチンコ屋のビル、3Fがフロントだ。こんなど真ん中にあるのに、新橋で働いていたときは全く眼中に入っていなかった。

エレベーターで3Fに上がると、ホテルのフロントのような広々とした受付になっている。シューズロッカーの鍵を預け受付をすませ、館内着を受け取る。館内は2フロア構造になっていて、下層階にはロッカー、食堂やリラックススペースがあり上層階が浴室だ。館内着に着替えてフロアを上がる。

引き戸をがらりと開けると浴室だ。大きな浴槽が真ん中にひとつ、左手奥にも小さな浴槽があり、こちらは期間で変わる薬湯のようだ。右手にはタイル地のベンチと、おなじくタイル地のリラックスチェアが2つ。

目論み通り、お客の入りは3割ほどで空いている。僕は予習してきたとおり、まずは体と髪を洗う。ざぶんと浴槽に浸かる。広くて熱いお風呂はなんて気持ちいいんだろう。人が少ないので手足を伸ばしても迷惑がかからない。

予熱がはいったところで上がり、タオルを絞って体を拭く。サウナに入る前に体の水分をきちんと拭いておくのは重要だ。こんな基本的なこともいままで意識したことはなかった。

いよいよ、作法に則ったはじめてのサウナだ。

サウナ室に入る。室内は適度に暗く、テレビはない。静かなオルゴールの有線がかかっている。思ったよりも熱くない。上下2段のベンチ。はじめてのサウナ、まずは下段に座った。サウナ室は下段のほうが熱はゆるやかだ。「熱い空気は上昇し、上部に溜まります。」小学校の理科の授業の内容が思い出される。

サウナ室でじっと座る。我慢しすぎず、いい感じに熱が入ったと思ったら出る。頭ではそう理解しているが「いい感じに熱が入った状態」がわからない。とりあえず汗がいっぱい出るまで耐えてみよう。

12分計が半周したところで、全身から程よく汗が出ていることに気づく。そろそろいいかな、とサウナ室を出る。浴室に出た瞬間がもうすでに気持ちいい。かけ湯で汗を流す。これも大事なマナーだ。

ついに水風呂だ。いままで敬遠していた水風呂。手を浸けてみると冷たい。当たり前だ。水風呂なのだ。意を決して一気にざぶんと入る。冷たい!

サウナで熱された全身が引き締まるのを感じる。これは…気持ちいい?入って少し経つと全身をぬるい膜で包まれているような感覚になる。冷たさも少し和らいで感じる。

引き締まったところで水風呂をあがり休憩だ。リラックスチェアがあいていたのでそちらに寝そべってみる。目を閉じ一息つくと、全身の鼓動を感じるような感覚がやってくる。思考が心地よく鈍くなっていく。タイル地の椅子ほの温かいような触感で、カタダを絶妙な角度でホールドしてくれる。

はっと気がつくと、浴室内の時計が15分ほど進んでいた。寝ていたわけではないはずだ。時間感覚が溶けてしまっている。これは?

浴室内に休憩用のベンチや椅子が用意されている意味を初めて理解した。

サウナ→水風呂→休憩で1セットだ。初心者はまず3セットほど無理せずローテーションしてみようという。2セットめに入る。

サウナ室。今度は上段に座ってみる。さっきよりも熱いが嫌な感じはしない。心なしか汗の出がいい気がする。12分計は半周とすこし回っていた。

汗を流し、水風呂。2回めは躊躇なくどぼんと入る。冷たい!気持ちいい!

ベンチで休憩。さっきよりも鼓動を大きく感じる。自分が生き物であるという実感。全身をすみずみまで血が巡り、リフレッシュされていく感覚。脳はさらに緩やかにクロックダウンしていく。水の流れる音がいつもよりクリアに聞こえる気がする。

再びサウナ室。奥の上段に陣取り、自然にあぐらをかき座禅のような体勢をとる。いまもこれが僕のサウナでの基本姿勢だ。ふいに室内の明かりが落ち、サウナストーブに水がかかる。アスティルのオートロウリュだ。

室内を蒸気が満たす。部屋の上から熱気が降ってくるようだ。朦朧とした意識でそれを受ける。体感温度が一気に上がり、汗が噴き出す。体の中にあったよくないモノが汗と一緒に溶けて染み出し、流れていくようだ。

締めの水風呂。冷たさが心地よい。今まで感じたことのない気持ちよさと多幸感。

ベンチにどっかりと座り、心ゆくまで放心する。思考は停止し、もはやゾンビだ。サウナゾンビ。これが「ととのう」というやつか?わからない。けど気持ちがいい。

これまでもサウナに入る機会は幾度となくあった。スポーツジムだったり、スーパー銭湯だったり、温泉旅館だったり。サウナ室に入り、汗を少しかいたらさっと出て、水風呂をひぇ〜と横目にみながらスルーして、ちゃちゃっとシャワーを浴びておしまい。みなさんもそういう経験があるかもしれない。

なんという有様か。サウナにハマった今だから言えるが、こんなものは文字通り「サウナ室に入った」だけであり「サウナに入った」とは言えない。いままではサウナとすれ違っていただけだ。

その日、僕ははじめてアスティルでサウナに入ったのだ。

『オアシスサウナ アスティル』のサウナは優等生だ。特別になにかすごい物があるわけでもなく、サウナ室のセッティングも水風呂の温度も平均的。でも、館内はいつも清潔で、いつ行ってもちゃんと気持ちいいし、きちんとキマる。はじめてのサウナがアスティルでよかった。

浴室の椅子にすわり、ぼんやりとキマってるサウナゾンビのおじさんをみてうへぇと思っていた若き日の僕も、今ではすっかりサウナゾンビの一員だ。新橋の街の良さがわかってくる、そういう年齢になったということだ。




サポートしていただけることがあったら、サウナに行って文章を書きます。