希死念慮ってこんなの。

希死念慮についてまとめました。
鬱注意です。
誰かのなにかになればいい。

誰かのためになるのならば自己犠牲も厭わない。そう思って走り続けてきた結果、私に待っていたのは先の見えない大きな穴だった。落ちないように慎重に穴の縁から身を乗り出してみれば、黒というより薄気味悪い闇が広がっている。
吸い込まれそうな暗褐色の闇。

その先になにがあるのかはしらない。
しかし、そこに落ちたらどうなるのかは知っている。

死だ。

飛びこめば楽になれるよ、と耳元で誰かが言う。

その声を否定するように死んだ肉体が現世でどう扱われ魂が救われるのか、はたまた永遠の闇の中に屠られるのかを考える。

答えは出ない。

だから必死にその誘惑に抗いながら、今日も淵を彷徨っている。

そして。

そんな深淵を覗く自分の横を今日も人々は飛び回る。

ある人は、淵など見えていないように。
ある人は、見ないふりをしながら。
ある人は、しり込みしながら。

最終的にみんな飛び越えていく。
その先に未来があるから。


「止まっていても意味はないよ、前を向かなきゃ」

飛べる人たちは私をみるとそう励ましてくれる。
中には一緒に飛ぼうとしてくれる人もいる。

なのに私にはそれがどうしてもできなくて、できなくて、泣きながら伸ばしてくれた人の手を振り払い、首を振って拒絶する。

ちがうのだ、違うのだ。

そう伝えると大体の人は困ったように眉を寄せて言う。

「何をそんなに怯えているの」

私は泣きながら、泣きながら答える。

「私には対岸が見えない」

有るはずの陸地は霧で覆われている。先など見えない。
そういうとみな、渋い顔をして握っていた手を離すのだ。

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