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庭/これからの話(2019クリスマス)

どうするんだ、とジェイドは問うた。広い庭はザクセンの手によって少しづつ整えられつつあった。業者を入れることもなく進められていく作業が進むにつれて、庭はかつての調和を取り戻していく。お前の銅像でも立てるか、とかつて冗談めかして言ったザクセンはなんともなしに答えた。
「ん?まぁ……趣味、なんだよねこういうのが」
こいつに趣味、と呼べるようなモノがあったのかと少し驚いたジェイドに気付いたザクセンは苦笑しつつ続ける。
「ま、仕事に影響はない範囲にするから……それにいつか役に立つかもしれないだろ」
「……そういうものか」
「そういうものだよ」
これ以上の会話は無かった。よいしょ、と鉢植えの花を運んでいる横で煙草に火をつけたら怒られた。それも懐かしい思い出になりかけている。

あの冬が過ぎて春が終わり、夏が来ようとしている。
「……どうするんだ」
再びジェイドは問う。隣に立つ人間は半年前に変わった。窓から入る初夏の光に目を眇め、ユークは静かに返答を返す。
「あれ、いたの……おかえり。まぁ、このままにしておこうか。ザクセンの趣味、だったわけだしね」
意外だ、と思う。残しておく事にかかるコストを考えれば、さっさと作り替えるか潰してしまうものかと思っていた。
春を経て多分少し庭は変わった。手入れする人間がいなくなったせいで、少し荒れ始めている。
「さて……ヤツカー!戻っておいで、そろそろ休憩した方がいい」
庭に向かってユークは声をかけた。遠くで緑色のバンダナが揺れる。前の庭と同じように保とうとしている後輩はいじらしくて健気だ。この庭は広すぎるし果てしない。ユークの隣に立っていたジェイドはボソリと呟く。
「……俺にもできるもんか、アレは」
「さぁ、造園の知識は生憎ないけど…俺は、なにをしたらいい?」
「……手伝え」
「全く……俺にも色々仕事はあるんだけどまぁいいや、お前の仰せのままに。まずはお茶でもしようか」
泥だらけのヤツカが戻ってくるのが見える。あの人のように上手くいかない、とか考え込んでいそうな顔。とりあえず泥を落とさせて、それから考えよう。
まずは庭からだ。
ザクセンの後釜としてやることは決めていた。とりあえず落ち着くまではできるだけ同じやり方がいいだろう、限界がきたら切り上げて、それから……それから?
「まぁ、いいか」
「……?」
「なんでもないよ、ヤツカを迎えに行こう」
「おぅ」
窓に背を向け、足早にユークは歩き出す。厚い絨毯が吸収する以上に、足音は小さい。自分で作り出した静けさを破って勝手に話し始める。
「ジェイドはさ、船の話を知ってる?……壊れたところを直し続けた船がすっかり違う木材と入れ替わってしまったとき、本当に元と同じものだって言えると思う?」
「知るか」
「あの庭と船は似てるね、いつか全く違うものに置き換わってしまうかもしれないんだよ」
「……変わんねぇよ」
ジェイドの声に、前を歩くユークは小さく笑う。ほっとした、とでもいうように。もしくは呆れたように。そうでなければ、心底おかしいとでも言いたげに。丁度玄関ホールに着いたタイミングで扉が開いた。
「そっか。じゃあ、そういう事にしようか」

おわり

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