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記憶-ノートルダム-

「大丈夫!?」
4年前もそうだった。2015年1月、たまたまパリに来ていた私はシャルリエブド社襲撃事件の時も日本にいる家族からのメッセージでこの事件が起きたことを知った。
そして今回もツイッターを開いたときに日本の誰かがニュースをリツイートして、ノートルダムが燃えていることを知った。

記憶というのは劣化しやすいもので、シャルリエブド事件当時のパリのこともだんだんに忘れてきている。今回はちゃんと、文字に起こしてこの歴史的事件に近距離で居合わせた記録を残そうと思う。

2019年4月15日20時前にこのツイートを見たhttps://twitter.com/alloveranthony/status/1117847476117970945?s=21
火が思った以上に赤く、大きくてかなり驚いた。他のツイートで火がなかなか消えないということがわかった。
よく考えてみると、私はノートルダムからそう遠くない場所にいることに気づいた。セーヌ川を挟んで隣の地区くらい。そういえば、さっきから消防車のサイレンの音がよく聞こえていたということに気づいた。私はポンピドゥセンターの中にある図書館で次の日に提出のレポートを必死こいて書いていたのだ。よく考えてみると、数分前におしゃべりをする人が増えたな、とか思っていた。
本当に歩いて10分ほどなので、すぐにでも見にいきたかったが、本当にレポートが切羽詰まっていたので、図書館が閉館してから行こうと思った。
瞬く間にツイッターではこれに関する意見が飛び交っていて、それを読んでいた。(必死にレポートを書きながら…)だからどこからが私の意見でどこからが人の意見かわからなくなってしまった。が絶対に私が純粋に最初に思い浮かべたのは、業火をパリに注ぐカジモドたちだった。いやいや、ノートルダムが燃えてどうするんだよ!(悲しいことに、フロロ推しの私は「地獄の炎」を人に言われるまで思い出せなかった。)と、同時にこれはテロなのか?という疑問が湧いた。もしそうならそんなにどうしても人の悲しむことしたい人間がいるのか、と勝手に怒っていた。そしてちょうど、私は聖画のVandalisme(文化財や、芸術作品の破壊行為)についてのレポート書いていたのだ。いやもうめちゃくちゃこれじゃん!って思いながらレポートにちょっとこの事件のことを加筆した。そして私は修復者になる夢をなんとなく諦めたところだったので、この事件の後、相当な数の修復技術者が必要になるということを知って、restauratriceになりたいと思う気持ちがぶり返してしまった。
ということで、私は悲しい!という感情よりも先に、ノートルダムが傷つく、というか壊れることについて割と客観的な気持ちで見ていた。


野次馬になってしまうことは重々承知で、封鎖されている島への橋の直前、行けるところまで行ってきた。22:10ごろ市庁舎前着。


市庁舎前の広場、みんな高いところに登って写真を撮ったり、見つめながら話をしたり、複数人でいるのにただボーっと(じっと?)見ていたりした。

市庁舎前からだとノートルダムの近くの建物のせいで、聖堂の全貌が見えるわけではなかったけど、バラ窓の上の小さい丸窓真っ赤になっているのがよく見えていた。写真を見ると、その時にはもうすでに尖塔の姿はなかったようだ。


本当に火が登っているノートルダム、黙って座ってじっと見つめる人たち、そしてとても騒がしいのにどこかしんみりとした空気、これを実際に味わってやっと実感が湧いた。何回も訪れたあの美しい聖堂が燃えて消えかかっていること、毎回訪れるたびに息を飲む大きくて荘厳な聖堂をもう見れないかもしれないこと。多くの信者の心の拠り所であり、想像できない数の観光客たちの目的地であり、パリの中心であるノートルダムが。もし本当になくなっちゃったら、パリが歪む気がした。

もっとノートルダム寄りの駅はもちろん封鎖されてたが、Hôtel de Ville 駅は普通に開いていて、1番線は動いていたので帰ることができた。
保存修復界、(どっちかというと建築だろうけど)に大きなセンセーションを巻き起こしたこの事件。美術史専攻の学生には考えなくちゃいけないことがたくさんある。特に文化政治や美術市場、美術経済に身を置こうと思っている今の私はフランスで生の情報を仕入れて記録して考察しないといけないんだろうな。今後、どうやって再建していくのかはまだわかんないけど、マクロンが事件後すぐにこのノートルダムを再建する!みんなで!(Tous ensemble)と宣言したのはさすが文化に力を入れているフランスだな、と思った。そして、カテドラル内の歴史紹介パネルでも見たけど、中世からだんだん形を変えて存在してきたノートルダムだから、これも歴史の一部で、変わらなきゃいけないのは運命なんだろう、と思う。これに今の私たちがどう向き合って、後世に残すかが重要だと思う。
とても薄っぺらいけど、今の私はこう思います。

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