ピアノと世界のつくりかた

鍵盤の美しい並びはすなわち音符の美しい並びを再現していて、両手を広げれば届くたったこれだけの白と黒のどこかに、バッハだってサティだって、わたしも、隠れている。

じゃん。ちいさな左手を広げて三度と五度。右手は順番に指を動かそう。たらら。

世界は単なる色の配置ではなく、言葉を通してわたしの中に入ってくる記述の連なりなんだって。だったらわたしはわたしをどのように記述すればいいの? どうしてもわからなくて聞きたいんだけど、そのことを教えてくれた友人は、わたしが生まれる頃にはとっくに死んでしまっていた。彼のところに行くにはハシゴが必要だったけど、そのハシゴも、彼が自分で捨ててしまった。

ねえ別の友人。どう? わたしはわたしを世界の仲間入りさせてあげられるでしょうか? 当時のわたしはまだ何も知らなくて、知っていそうな人を見つけては、こうして手当り次第に聞くしかなかった。
きみは大丈夫さ。わたしの髪より長くてふさふさな髭を撫でながら、彼は言った。きみはすでに世界の内に存在している。こわがらずに、世界の端まで歩いてごらん。

歩き方がよくわからないから、わたしは弾くのだった。じゃん、たららららららた。ちいさな左手を広げて三度と五度。右手はドレミファソラシ、ドレミファソラシ、ド。わたしがいる。

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