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ほろびん様

 水平線に夕陽が沈み、浜辺に闇が訪れる。浜には二柱の神籬が立ち、注連縄が張られ、祭壇が設えられている。榊が冷たい北西の風に揺れ、薪に火が灯される。宵闇があかあかと照らされ、影はいよいよ濃くなった。

 波の音、薪の爆ぜる音。やがて静かな横笛の音、太鼓が加わり、厳かに祝詞が奏上される。海の彼方から来るものたちを迎えるために。

「オー……」「オー……」「オー……」

 厳かな警蹕の声が響き、やがて、神籬の上にずしりとした重みが加わる。来たのだ。それはおとない、冷たい気配として感じられる。神職たち、見守る者たちは深々と頭を下げ、跪き、ひれ伏した。神は畏まれねばならない。

オー……オー……オー……

 二柱の神籬の間に闇が深まり、彼方より、常世より、警蹕の声音が返る。いにしえ、神代の末、現し世を去って隠り世に遷りし神々は、僅かな時だけ現し世に戻ってきて、禍福を振りまき、また去っていく。

 はじめに神籬の間から現れたのは、高鼻の赤い仮面をかぶった、丈高きもの。矛を杖突き、辻に立って先導をなす古き神。海水に濡れており、ぽたぽたとしずくが落ちる。そこからぶくぶくと泡が立ち、小鬼が生ずる。

オー……オー……オー……

 それが警蹕の声をあげながら、砂浜の上を歩み始める。地に足をつけず。その後ろからぞろぞろと、異類異形のものたちが続く。けらけらと笑い、瘴気を吐き、鎧を鳴らす。祭壇から供物を掴み、歯牙で噛みちぎる。

 本来、彼らは白布によって覆い隠され、神籬に寄り憑いたまま運ばれる。しかし、今年は違う。現し世の大気にじかに触れ、なまの混沌を撒き散らすために呼ばれたのだ。神職も見物人もみなひれ伏し、震えている。年寄りの中には神威に触れて血を吐き、命を落とす者もいる。

「来たか」

 浜の上に、白い面布をつけ、赤い装束をまとったものがいて、神々の行列の前に立ちはだかる。それはぎらぎらと輝く剣を振りかざし、先頭の神に切りかかった。

【続く/800字】

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