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巌龍島異聞
慶長十七年四月十三日朝。長門国と豊前国の境、船島。ここに二人の兵術の達人が相対した。一方は円明流、宮本武蔵。他方は巌流、佐々木小次郎。立会人と互いの弟子たちの見守る中、両雄は一礼する。
「まことに木剣で挑まれるとは」
「木剣だからと油断めされるな」
小次郎は目を細め、刃長三尺の野太刀を大上段に構える。対する武蔵は二刀流、二尺五寸と一尺八寸の木剣を構える。空が白み、潮が流れる。両者は間合いをはかり睨み合い、微動だにせぬ。
ちゃぷん。魚が武蔵の背後の海で跳ねた。武蔵は微かに反応し、構えにやや乱れが生じる。勝機!
「きゃあっ」
小次郎は猿の如くに叫び、真っ向から斬りかかる。武蔵は半眼にて刃を見切り、短い木剣を盾となして受け止めた。白刃が木に食い込み、勢いを削ぐ。
「おう!」
武蔵は電光よりもなお速く、もう片手の木剣を振り下ろし、小次郎の眉間をしたたかに撃った。木剣なれど剛力なれば、頭蓋は凹み脳髄は揺れ、眼球は飛び出す。
「かはっ」
小次郎は血反吐を吐き、砂浜に前のめりに倒れた。勝負あり。
「ああっ」「まさか!」「お師匠様!」
巌流の弟子たちは身を乗り出し、砂浜に打ち伏せ、悔し涙を流す。小次郎は揺れる視界でそれを見る。無念。あれしきの小技に敗れるとは。
『無念よなあ』
小次郎の視界が暗転し、脳裏に不気味な声が響き渡る。人斬りを生業とした己が、仏や菩薩に迎えられるはずもなし。鬼であろう。獄卒であろう。
『掴め。そなたはまだ生きておる。それとも恥にまみれて死ぬか』
どくん。小次郎の右手が動き、なにかを掴む。砂にあらず、取り落とした野太刀にあらず。それは一振りの剣であった。
『ふるえ。ゆらゆらと、ふるえ』
小次郎は糸で吊られた傀儡の如くにゆらりと起き上がり、震える手で剣を構える。剣身から砂と錆が落ち、光を取り戻す。これこそ四百年余り昔、壇ノ浦にて失われし草薙剣。武蔵はそれを見て笑う。
「へえ。面白そうだ」
【続く/800字】
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