稜線のまどろみへ

 六月。都内は早くも夏の気配がしている。それでも、昨年の同じ時期よりは涼しいように感じる。駅から少し歩く場所が目的地の場合、日が落ちてから行くのがいいだろうか。
 私の周りは暑さを苦手とする人の方が多い。

その夜は珍しい夏の稲妻が空いっぱいに走った。ショウが終りきらないうちに、砂漠のほうから車にかけて、雷鳴の薄皮が旋律ゆたかな沈黙の表層にかさぶたを作った。若々しくて新鮮な雨が降りはじめた。一瞬にして、暗闇は明るい家々のひさしに駆けこんで行く人たちでいっぱいになった。人々は踵の上に衣をたくし上げ、甲高い歓びの叫びをほとばしらせた。ランプの先が、一瞬、透明な雨のなかで彼らの裸の体を浮彫りにした。

ロレンス・ダレル『アレクサンドリア四重奏 Ⅰ ジュスティーヌ』高松雄一訳(河出書房新社)、2007年

 あったような、なかったような夏を思い出させてくれる、引用を置く。導入として。

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