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慰めの宴

絵巻の名作に『奈与竹物語絵巻』(金刀比羅宮蔵)がある。絵巻成立の常套として、説話集に収録されたなどすでに広く語られ、知られた物語の文章をそのまま詞書とし、それにあわせて絵が描かれるというものである。八段の詞書と絵によって構成され、物語は分かりやすく、楽しくて痛快なものだ。

ストーリは、帝の女房への思いを認めて出世する男と、「鳴門の中将」と辛辣なあだ名をつけてかれへの嘲笑を隠さずに爆発させることを内容とした。そのハイライトは、帝と女性の密会。それまで持っていくには、一目惚れした女性との出会い、女性にはぐらかされて悶々と過ごし、そして占いを通じて女性の住処を探し出し、さらに恋文を送り、女性夫婦の間の議論など、じつに異色でいて、ツッコミ所満載の展開だった。そこへ物語序盤の、帝の憂鬱を慰めるには、大がかりな酒宴があった。

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詞書に記したところによれば、この場に集まったのは、「近衛殿、二條殿、花山院大納言定まさ、大宮大納言公相、中納言通成」といった錚々たる顔ぶれだった。そのかれらは、帝の前に参り、帝に悩みを忘れさせようとした。ただそれでも、帝は心ここにあらずして思いに耽ったままなので、近衛殿はまえに進み、京の中のことだから、きっと女性を見つけ出すことができるだろうと慰めの言葉を掛けながら「御みきまいらせ給」(お酒をお差し上げになった)と、帝の表情にもやがて活気が戻られた。

絵を眺めれば、主役の帝の姿は、御簾に顔を隠されて貴人表現の定番に則っている。その前には二の膳が添えられ、対面する公卿たちとの違いが現われる。対して、公卿たちの一番右に設けられた膳から離れ、帝のまえに進み出たのは、近衛殿に違いない。お酒を差し上げるべく、手に銚子を持っている。

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この一座の宴のことを、詞書は「御遊侍」と記す。ここの「遊び」とは、管弦の披露を意味した。はたしてその通り、公卿たちのそれぞれの振る舞いを目を凝らしてみれば、かれらは簡単に酒や美食に夢中するわけではない。かれらの一人は琵琶を横にして抱え、一人は笛を吹いている。

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後ろ向きの構図でかれらの顔が簡単に見られないはずだが、しかし五人のうちの二人が理由もなく後ろを振り向き、愛嬌たっぷりの恰好になった。いうまでもなく近衛殿の慰めの言葉と管弦の演奏がおなじ時に繰り広げられるはずはなく、一枚の限られた空間において、複数の時間が流れていた。これもまた絵巻構図で頻繁に用いられた手法の一つである。

国会図書館は、『奈与竹物語絵巻』の模写を所蔵し、それをデジタル公開している。タイトルは違う当て字を使い、『弱竹物語』となる。非常に丁寧に仕上げられた模写作品であり、原作と読み比べるもの一興だろう。

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弱竹物語』(国会図書館蔵)

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