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鼠のお話に耳を傾けよう

中世の人々に語られた猫の話を繰り返したところ、ここで鼠に視線を移そう。『猫のさうし』において、テーマが猫でありながらも、じつは鼠への注目は猫の倍を超えている。そこからも伺えるように、中世の人々にとって、鼠はより関心を集め、物語の世界でははるかに人気ものだった。鼠を主人公とするものはかなり作られ、言い伝えられ、読まれ続けてきた。

その中の一つは、白い鼠が主人公になるものであり、その鼠には名前までついていて、「弥兵衛」だった。いくつかの異本が伝わり、その中の代表的なもの、慶応大学所蔵の絵巻「やひやうゑねすみ」(二巻)に沿って物語のあらすじを簡単に眺めよう。この絵巻には、あわせて二十七段の絵が含まれ、つぎはその中からの数段選んだ。絵巻の全容は、「慶応義塾大学メディアセンターデジタルコレクション」において公開されており、このリンク(上巻下巻)をクリックすれば全作を一覧することができる。

東寺の塔に住む弥兵衛という名の白い鼠は、めでたく結婚し、その婚礼は盛大に執り行われた。

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やがてその妻が出産を迎える。妊娠した妻は、雁の肉を食べたいと言い出し、弥兵衛は献身的にそれに応えた。だた、健闘するが、狙いが適わなかったどころか、獲物のはずの雁によって知らぬ地に連れ去られてしまった。

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まったく未知の地に落とされた白い鼠には、さまざまな試練が待ち受けた。一方では、夫が行方不明になった妻の鼠は、身にまとった豪華な服装を投げ捨て、夫を探し求めるために走り出した。

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弥兵衛は、新しい環境にすこしずつ慣れてきた。しかしながら、妻や故郷への思いはすこしも忘れず、猿への片思いなどの誘惑にも理性をもって断ち切った。

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やがて弥兵衛は左衛門の一家に富や幸せをもたらし、そしてかれに助けを求めた。

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上洛する左衛門の荷物に身を寄せ、ついに都へ帰ることが叶えられ、分かればなれになった妻やまだ見ぬ子どもたちとの再会を果たした。

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弥兵衛は報恩を忘れず、一家のものをつれて左衛門に黄金や子供をさしあげた。

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物語はやがてハッピーエンドを迎える。弥兵衛とその子孫は繁盛し、万人に羨まれ、幸せに暮らすことになった。

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中世の物語に登場する鼠たちは、あるいは人間の生活を模して活劇を展開し、あるいは人間に成り済まし、人間の世界に越境することを理想としていた。それに対して、弥兵衛の物語は、人間と変わらない生活をし、人間の倫理に従いながらも、一方では鼠のまま人間と交流し、人間に助けを求め、幸せをもたらした。じつにほのぼのとして、奇妙で微笑ましい物語である。

弥兵衛の物語について、これまでブログ「絵巻三昧」において、いくつかの角度から議論を試みた。

鼠への視線:「対極する鼠たちの二つの顔に直面し、それを同等に眺めるという(中世の人々の)視線は、今日のわれわれには、持たない。」

鼠の祝言:「弱いはずの鼠だが、その口上には、なぜか有無言わせぬ威厳を感じさせてしまう。」

鼠への逆変身:「ハリウッドの映画に繰り返し援用される表現パターンの一つを思い出(させてしまう)。」

幸運の白い鼠:「『弥兵衛鼠』の面白さは、まさに人間の世界に入り、人間と動物と交流が持たれたことにあった。」

そして、物語の全編を朗読をし、その音声を「音読・白鼠弥兵衛物語」と題して公開した。

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利用した底本は、フォッグ美術館所蔵のものであった。さきの子の年のことであり、すでに十二年まえのことである。動画制作はいまだ自由にならず、物語の原文を文字テキストでネットページに纏め、そしてそれを縦書きで表示することに苦労した。デジタル音声の音質もけっして満足なものではなかった。すべて時の流れを偲ぶ証としてあえて手入れをしていない。どうぞ覗いてください。

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