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文覚がお目見えだ

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は3回目を終えた。ゆっくりしていてしっかりと展開されていく物語の世界にはすこしずつ惹きつけられていく。週末の愉しみが一つ増えた。

いよいよ頼朝挙兵が迫る第3回では、文覚が登場した。タフでどこか胡散臭い、情熱的で打たれ強い、受難の道を自ら選んで突き進む、歴史のターニングポイントに立って、文学的な虚構で幾層も固められたがために返って生き生きと後世に伝えられた。そのようなもろもろのイメージは、市川猿之助の存在感ある演技、落語やマンガなどの設定を思い出させる味の濃いセリフなどにより、損なわれるものではなく、むしろいっそう豊かなものになった。

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物語における文覚は、かつて遠藤盛遠だった一人の侍が出家の道を選んだ経緯を抜きには語れない。『平家物語』の膨大な諸本群の中で、『源平盛衰記』においてはじめて記されたものだが、そのあまりにも強いインパクトによって、後世になってくりかえし語られた。その内容は、絵によって描かれたことも多い。中から一例、『源平盛衰記圖會』から取り出してみよう。(絵巻三昧:「盛遠物語」)つぎはこの段の挿絵の一部であり、絵の全体はこのリンクから閲覧してください。絵の右上に添えた解説文はわずかに169文字、ストーリーを簡潔に纏めた。

遠藤武者盛遠は源渡が妻に横恋慕し妻の袈裟御前夫の身変と成て貞操をあらはしければこれを深く感じて発心し文覚坊と名乗る

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盛遠出家をまつわる話はあまりにも有名で、若い男女の極限を強烈に物語るものなので、江戸時代に入り、それがやがて盛遠/文覚の名前と切り離され、物語の一人立ちが実現された。これをめぐり、これまでには二例ほど指摘してきた。一つは、『徒然草』の絵注釈において、172段に述べる若者の「血気」「情欲」を説いて、身代わりの恋人を殺した場面が描かれたこと(絵巻三昧:「絵注釈の盛遠」)、もう一つは、黄表紙「敵討義女英」の物語のハイライトをそっくりそのままこれを翻案したものだった(絵巻三昧:「袈裟御前から小春へ」)。後者の黄表紙作は、朗読動画「敵討義女英」に仕立て、キンドル本「復讐する男と女の物語」を出版した。興味ある方はどうぞ覗いてください。

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手元のアルバムを開いたら、学生時代に訪ねた京都高雄山神護寺にある文覚上人のお墓の写真が一枚入っている。撮影した時間は、1984年初冬だった。インターネットで調べれば、関連のサイトに同じ場所の写真が載っていて、様子はほとんどまったく変わっていない。千年の時間と較べれば、四十年もただの一瞬にすぎない。これを確認できて、なぜか内心和まれほっとした。

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