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08 PDCA-1-2 「きっかけ」と「思い込み」

 俳優・女優の方々というのは、カチンコがなった瞬間、役に入り込むスイッチが入るそうです。長年の習慣でそういう条件付けが染み付いてしまったんですね。
 学習で例えると、「学習するときはこのキッチンタイマーを使う」など、きっかけを決めておく。そしてずっとそれをやり続ける。すると、キッチンタイマーを見ると学習モードに気持ちが切り替わるようになるというわけです。

 実は人間、そしてその脳は、習慣化しやすいという特性を持っています。ですから、人間続けていると何にでも慣れてしまうんです。
 それが、悪い方向に働いてしまうと、マンネリだとか面白みがなくなるとかっていうことになってしまいますが、うまく習慣化を使えば、「パブロフの犬」の条件反射のように、こうすればやる気が出るという決まった反応になります。

 また、テンションが上がりそうな音楽や気分が乗っていくような音楽を聴くというのもこれに近いところがあります。特に音楽の場合、音色やテンポなどの要素が実際に心理に影響する面があります。ゆったりとした優しい音色の曲ならリラクゼーション効果が期待されますし、激しい曲調のものならサイキングアップといって興奮を高める効果があります。スポーツの世界ではよく用いられる手法です。
 机に向かう場合に効果があるのかというと、学習ではないですが仕事で活用している例が実際にあります。
 漫画家の荒木飛呂彦氏は、書いている漫画のストーリーや雰囲気に合わせた音楽を掛けながら仕事をするそうです。それによって日常の生活から「漫画家・荒木飛呂彦」に切り替わるんですね。ただし、ほぼすべて洋楽だそうです。日本語の歌詞は、それに意識が引っ張られるので集中できないし、詩の内容が作品に影響してしまうのだそうです。(NHK「SWITCHインタビュー 達人達」2013年4月20日)
 日常モードから学習モードへのスイッチを切り替える、そのきっかけは本当に何でもいいんです。キッチンタイマーでも、音楽でも、場所でも、自分で自由に選ぶことが出来ます。重要なのは、それが簡単な手段であることと、やり続けることです。習慣化することが絶対に必要な条件なのですから。

 ところで、私たちはつい、「学習を始めるためにはやる気が必要」だと考えてしまいがちです。
 これは現代心理学が、行動の背景には必ず意図や意志があると考えていることの反映でもあります。
 確かに、行動する身体と意志を司る心は切っても切り離せないものです。それは古代の哲学、中世の宗教学、近代の神秘学、そして現代の科学においても同様です。それは単に、科学的には心が脳という身体器官の作用であるという意味だけではありません。
 心が体に影響する、これは何もやる気と学習の関係だけではありません。ストレス性疾患などの心身症も同じです。想像妊娠なんかもこの一種です。
 しかし、姿勢のところでも少し触れましたが、私たちはその逆、体が心に影響することも実は知っています。
 女性ならお化粧が変われば気分が変わることは経験されているでしょう。

 気合いの入ったメイクをしているときは、気持ちも気合いが入っている。でも、気合いが入っているからそういうメイクにしたというよりは、むしろ逆のことの方が多いのではないでしょうか。
 また、笑えば明るい気分になる、という顔面フィードバック現象もこの例の一つです。近年の研究では、「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」とも言われます。
 ですから、学習を始めてしまえばやる気になる、ということもあるわけです。より正確には「学習するつもり」ということになりますが。
 学習という行為を実際に行なうことによって、学習にふさわしい心理状態が呼び起こされるというわけです。

 人間、嫌なことはやりたくありませんよね。ですから気が乗らなければ逃げようとするわけです。

 でも、逃げられなかったら?

 嫌なことや無意味なことをやっているというのは、精神的には非常に苦痛です。苦痛な状態ではいたくない、そこで心理的な防衛機能が働いて、脳は嫌なことではない、意味があることだと思い込もうとするんです。これはいくつもの心理的な実験によって確認されています。
 なかなか机に向かいたがらない子どもの場合、学習活動は嫌なものだと感じているわけですが、始めてしまうとある程度はこうした防衛機能の働きで、「やる気」を感じるようになるのです。

 簡単に言えば、「錯覚」「思い込み」です。

 だったら、そんなの「本物」じゃないという意見もありそうですが、実は「思い込み」というのは、「本物」になるんです。

 ここで、実際に行なわれた、ある実験をご紹介しましょう。

 実験では、被験者を二つのグループに分け、一方にはお酒を、もう一方にはお酒と偽ってノンアルコール飲料を飲ませました。
 その結果、お酒を飲んだグループは記憶力、バランス感覚、反応力のいずれもが悪化しました。
 これは当然の結果ですね。
 ところが、なんともう一方のノンアルコール飲料を飲んだグループまで、同じような結果になったのです。(リチャード・ワイズマン『その科学が成功を決める』)

 この結果から、習慣化とならぶもう一つの脳の特徴が伺えます。
 そう、それは「思い込み」。
 この実験では、ノンアルコール飲料をお酒だと思い込んだことで、本当に酔ってしまいました。
 「思い込み」により、体にまで影響が出たのです。

 この効果は医療の現場ではよく知られており、新しい薬の効果を確かめる際に、「二重盲検法(ダブル・ブラインド・テスト)」という、医師にも患者にも、どちらが薬効のある「被検薬」で、どちらが薬効の無い「プラセボ(偽薬)」か分からない状態で行う検査があります。
 そうする事で、患者が効くと思い込んだり、この先生なら治してくれると思い込んだりすることで出てくる効果と、薬本来の作用によって出てくる効果を区別しています。また、薬が効いているはずだと思って容態が好転していると医師が錯覚することも防いでいます。

 これを学習の面で活用すると、「こうすればできるようになる」「この先生に教えてもらえば大丈夫」と思い込めば、実際に学習効果が高くなるはずです。実際、研究ではその通りの結果が出ています。
 実はもう一つ、教育学の分野では、「思い込み」が《他者に対して働く》ことも報告されています。
 どういう事かというと、指導者に生徒の偽の成績データを与えて授業をさせると、後のテスト結果は、その成績データを反映したものになることがあるのです。
 つまり、生徒の実際の成績に関係なく、指導者が「このクラスはできる」「この生徒は優秀だ」と思い込めば、「できるクラス」「できる生徒」になり、逆に「このクラスは出来がよくない」「この生徒は成績が悪い」と思い込めば、「できないクラス」「できない生徒」になってしまう可能性があるということです。

 どうですか? 「思い込み」が「本物」になるって分かっていただけましたか?

 ですから、まず机に向かうことで「やる気」が出ているという「思い込み」がおこり、本当にやる気のある学習になるという循環が起こると言うことができるのです。
 「まずやってみろ」というのはよく言われることですが、その最も単純な言葉の中には、実は真理が隠されたいたんです。

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