見出し画像

「もっと小さい声で言えよ」

「もっと小さな声で言えよ」
それが私が最後に聞いた、彼の声だった。

彼となら、何でも話せた。
彼となら、僕が僕でいられた。
だから、失ってしまった代償はとても大きかった。

時は遡り3年前、僕はかつて高級腕時計の工場に勤めていた。
それなりに稼げた仕事だったが、いつも同じことの繰り返しだった。
与えられた設計書をもとに、部品を組み立て、検品し、1ミリ秒の狂いもないことを確認して初めて一つの時計が出来上がった。
それを何日も何日も、時計仕掛けの人形のように作り続けていた。

いつから僕は時間に支配されるようになったのだろう。
頭の奥底から無機質な秒針の音が鳴るようになり、いつしか僕はノイローゼになっていた。

このカチコチと鳴り響く忌々しい拍動をどうにかしてかき消そうと、毎日のように仕事が終わればイヤホンをし、外に漏れるほど大きな音で音楽を聴いたりしてみた。電車内の他の乗客が嫌そうな顔をしてもなりふり構わなかった。
それでもずっとその音は耳の底に居座り続けていた。現実は非情だ。

そんなある日。10年来会っていなかった友人から電話が掛かってきた。
懐かしい、意味のある声を聴いた時にやっと、この無意味な輪廻から解脱できる気がした。
なんでも彼は今、「国民に平等な時間を取り戻す会」という政治団体で反政府活動を行なっているのだとか。

彼曰く、「今の日本政府は労働によって国民の時間を吸い取り、奪った時間を元に私服を肥やしている。このままでは僕たちは一生奴隷だ。でもこの状況を抜け出す方法が一つだけある。それが僕らの目指している、それが武力による、時間解放革命さ」
とのことだった。

僕は即座に彼の仕事を手伝うことにし、今の会社に辞表を叩きつけた。

僕は今日から、時間という呪いを抜け出すことができる。
サラリーマンを辞めて、テロリストに。
なんだか僕の視界に失われた色が戻ってきたようだった。
自分の人生を生きるスタートラインに立てた気がした。
人間ってこうだよな。やっぱり。

それからは、毎日友人や他の仲間と一緒に、政府を打倒する方法を必死に考え、作戦を練っていた。
僕は昔から手先が器用だった。だから僕が彼らのために出来ることは、時間を支配する国会の連中を建物ごと木っ端微塵にする爆弾を作ることだった。

そして革命当日の日がやってきた。
まず他の仲間たちが外で騒ぎを起こし、注意を外に引いているうちに友人と僕が国会に忍び込み、爆弾を仕掛けて爆発させる作戦だ。

僕ら革命グループのメンバーは皆優秀だった。
3年間の訓練の成果もあり、僕らは簡単に国会に忍び込むことができた。
あとは僕のお手製のパンドラの箱を、この時間を封じ込めている悪魔城に献上してやるだけだ。

僕はアタッシュケースの中からスポンジに包まれた白い箱を取り出し、それを会議室の鉢植えの後ろに隠した。
今日はここで、隣の国の大統領と我が国の首相が会談をする予定だ。

設置が終わり、一仕事終えるとそこで友人は僕に聞いた。
「これでもうあとは奴らがやってくるのを待つだけだね。ところで、あの箱はどうやって起爆させるんだい?」
僕は答えた。
「ああ、あれかい? あれはね。」

僕はもう、時間に縛られない。
時限爆弾なんか、時計仕掛けのものなんかもう作りたくなかった。だから。

「音に反応して爆発するんだよ」

その瞬間、全てが白に包まれる。
暗闇の中で、こんな声が聞こえた。

「もっと小さな声で言えよ」

僕は音楽を爆音で聴きすぎて少し耳が遠くなり、そのせいか少し大声で話す癖がついてしまっていた。


前にTwitter で晒してたやつです。
埋もれて消えるくらいなら残そうと思ったので載せました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?