言葉の壁が生む過剰な依存と無力感

はじめに

グローバル化が進む現代、海外で暮らす日本人は増える一方です。言葉や文化の違いに苦労しながらも、現地での生活を楽しんでいる方も多いでしょう。しかし、時として言葉の壁が思わぬ落とし穴になることがあります。今回は、ある日本人駐在員の体験を基に、言葉の壁が生む依存と無力感について考えてみたいと思います。

言葉の壁が生んだ絶対的依存

主人公はアジアのある国に駐在していた日本人ビジネスマンAさん。Aさんは現地語を全く理解できなかったため、通訳者に頼らざるを得ませんでした。日常のコミュニケーションから財務管理まで、生活のあらゆる面で通訳者のサポートが不可欠だったのです。

心理学者のデイビッド・マイヤーズ氏は、人は自分の運命をコントロールできないと感じると、無力感に陥ると指摘しています（マイヤーズ, 2005）。Aさんも、言葉の壁によって自己決定権を奪われ、通訳者への絶対的な依存を余儀なくされました。日々の生活で自分の意思を適切に伝えられない苦しさは、想像に難くありません。

盲目的信頼がもたらしたもの

やがてAさんは、通訳者を盲目的に信頼するようになります。異国の地で頼れる相手は通訳者しかいない、という状況が、過剰な信頼を生んでしまったのでしょう。あるとき、通訳者から追加の報酬を要求されても、Aさんは疑問を感じることができませんでした。

心理学の依存パラドックス理論によれば、人は不安があると過剰に他者に依存してしまうことがあります（Bornstein, 1992）。Aさんの場合、言葉の壁という不安から通訳者への依存が強まり、相手を疑う余地がなくなってしまったのかもしれません。

しかし、ある日、Aさんの信頼は裏切られます。通訳者が無断でAさんの資産を着服していたことが発覚したのです。言葉の壁に阻まれ、まさに無力感に苛まれる出来事でした。

健全な依存関係とは

もちろん、dependencyには良い面もあります。心理学者エリク・エリクソンは、基本的信頼感の形成には適度な依存が必要だと説いています（エリクソン, 1977）。人は信頼できる他者に適切に頼ることで、安心感を得られるのです。

問題は、その依存の度合いが行き過ぎることです。自己決定権を完全に委ね、相手なしには何もできなくなる状態は危険です。また、無条件で相手の要求を受け入れてしまうのも、健全な関係性とは言えません。

Aさんのケースを他山の石としつつ、私たちに何ができるでしょうか。海外生活で言葉の壁に直面した時は、細心の注意を払う必要があります。例えば、通訳者の経歴をしっかり確認する、第三者を交えて定期的に状況を確認する、重要な財産は別の管理者を置く、などの工夫が考えられます。

また、自身の言語能力を高める努力も大切です。現地語が話せるようになれば、dependencyのリスクは格段に下がるはずです。異文化コミュニケーションの専門家、石井敏氏も「言葉は文化の一部であり、言語能力は異文化適応に不可欠」と述べています（石井, 2015）。

おわりに

グローバル社会を生き抜くには、時に他者への依存が必要不可欠です。とりわけ言葉の壁がある異国の地では、頼れる存在は心強い味方となるでしょう。しかし、dependencyの深みに嵌りすぎないよう、自他の境界線を意識し、適度な距離感を保つ努力が欠かせません。

時に痛い経験をすることもあるかもしれません。それでも、Aさんの体験を教訓に、賢明にdependencyと向き合う術を身につけていきたいものです。依存と自立のバランスを保ちながら、私たちなりのグローバルライフを楽しんでいきましょう。

参考文献：
Bornstein, R. F. (1992). The dependent personality: Developmental, social, and clinical perspectives. Psychological Bulletin, 112(1), 3–23.

エリクソン, E. H. (1977). 幼児期と社会 (仁科弥生, 訳). みすず書房.

石井敏. (2015). 異文化コミュニケーション入門 (改訂版). 研究社.

マイヤーズ, D. G. (2005). だれがバイアスにかかりやすいか (古沢嘉通, 訳). 北大路書房.

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