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日中首脳外交~外務省の秘密指定解除文書を読む=幻だった「高島発言」─田中首相訪中(2)(2002年7月)

 田中角栄首相訪中2日目の1972年9月26日午前、田中、周恩来両首相の委託を受けた大平正芳、姫鵬飛両外相が、国交正常化の共同声明をめぐる1回目の交渉を行い、双方が共同声明案(後掲)を提示した。田中と周恩来は計4回会っているが、共同声明の文言など細かいことには、ほとんど触れておらず、具体的な折衝はもっぱら、両外相に任された。

■「硬骨の士」?

 この第1回外相会談で、いわゆる「高島発言」で有名な高島益郎外務省条約局長(後の駐ロシア大使、最高裁判事)が登場する。発言の全文は、日本外務省が昨年4月以降に秘密指定を解除して公開した外交文書で初めて明らかになった。
 高島は戦争賠償問題について、日華(日台)平和条約で法的に解決済みなので、日中共同声明に賠償問題を書き入れる必要はないと強く主張して、周恩来首相らの怒りを買ったとされ、この発言は今でも、日本の要人としては珍しい対中強硬姿勢の一例として挙げられることがある。
 「高島条約局長は、周恩来に『法匪』とまで言われながら、田中首相にアドバイスをしたと言われるが、こうした硬骨の士が外務省にいたからこそ、相手の尊敬を受けるような交渉がなされた」(「法匪」とは、法律を乱用する悪人の意)
 ある元国会議員も昨年秋、月刊誌でこう記しているように、「高島発言」は日本側で定説化している。
 ところが、外相会談の記録にそのような発言はない。記録では、この発言は事前に用意された「日中共同声明日本側案の対中説明」と題する文書(後掲)を読み上げたものとされている。つまり、高島は個人的な意見を述べたのではなく、本省で用意した文書に沿って、日本政府の公式見解を説明したにすぎない。

■話し合いの意思を明示

 高島は、日本に賠償を求めないという中国政府の方針を「率直に評価する」とした上で、「戦争状態終結の問題と同様、日本が台湾と結んだ平和条約が当初から無効であったことを明白に意味する結果となるような表現が共同声明の中で用いられることには同意できない」と述べた。日本側の基本的な立場を説明しただけで、賠償放棄に言及することは絶対不要だと主張したわけではない。
 また、高島は同時に、「法律的でない表現であれば、日中双方の基本的立場を害することなく、問題を処理し得ると考えるので、この点について中国側の配慮を期待したい」として、表現上の問題について話し合いに応じる意向を明確に示している。
 では、これ以外に何らかの強硬発言があったが、日本側の会談記録では省略されたのか。
 しかし、いまだに高島を"悪者"にしている中国側の関係者や研究者も「共同声明で賠償問題に触れるべきではないという趣旨のけしからんことを高島が言ったので、中国側は反発した」と一様に主張しながらも、問題となった高島の発言を直接引用はしていない。
 そのような発言が本当にあったのならば、中国側は自国の交渉姿勢を正当化するため、何らかの形で発言を直接引用して公表するはずだが、それをしていないということは、やはり発言自体がなかったと可能性が大きい。少なくとも、発言があったことを確認できる一次資料が今のところないのは間違いない。
 日本側で神話化されてきた「高島発言」は幻だったようだ。

■最難関は戦争終結問題

 賠償放棄より、はるかに難しかったのは戦争状態終結問題である。
 姫鵬飛は「日本側案では、中国人民を納得させることができない。中国人民に戦争状態がいつ終了したのかをはっきりさせなければならない」と明言し、日本側案の「戦争状態の終了をここに確認する」との表現を即座に拒否した。
 だが、中国側の意向に沿って、この点をはっきりさせてしまえば、大平が第一回首脳会談で言ったように、「日本政府は過去20年間にわたって、国民と国会をだまし続けたという汚名を受けなければならない」。
 日華条約の第1条に「日本国と中華民国との間の戦争状態は、この条約が効力を生ずる日に終了する」と明記されている以上、日本政府が「本声明が公表される日に、戦争状態は終了する」という中国側案をそのまま受け入れることはできなかった。
 戦争がいつ終わったかすら確定できないのであれば、それ以外の事項でいくら合意しても、国交正常化の共同声明がまとまらないのは明らかだった。

■秘密合意案は撤回

 第1回外相会談で提示された中国側の共同声明案は、72年7月下旬から8月上旬にかけて訪中した公明党の竹入義勝委員長に対して周恩来が示した8項目提案を土台としている。同案を書き記したのが、いわゆる「竹入メモ」で、竹入は帰国後直ちに、田中と大平にメモを見せていた。
 この提案は「日中共同声明文案大綱」として、日本側の日中外相会談記録に添付されている(後掲)。
 中国側がこの「大綱」で示した黙約事項(つまり、秘密合意)について、高島は「日中国交正常化に際しては、いっさい秘密了解のごとき文書を作るべきではない」と拒否した。この点はあらかじめ伝えてあったため、中国側がこの日提示した共同声明案には黙約事項はなかった。
 なお、「戦後の台湾に対する日本の投資に対する将来の中国側の配慮」(高島)を示す黙約の第3項は、中国共産党政権による"台湾解放"を前提としたもので、今から見れば、「捕らぬ狸の皮算用」だった。

《日中共同声明文案大綱(1972年7月の中国側案)》

1 中華人民共和国政府と日本国との間の戦争状態はこの声明が公表される日に終了する。
2 日本国政府は、中華人民共和国政府が提出した中日国交回復の三原則を十分に理解し、中華人民共和国政府が、中国を代表する唯一の合法政府であることを承認する。
 これに基づき両国政府は外交関係を樹立し、大使を交換する。
3 双方は、中日両国の国交樹立が両国人民の長期にわたる願望にも合致し、世界各国人民の利益にも合致するものであると声明する。
 (「双方は次のように声明する」と冒頭にいってもよい)
4 双方は主権と領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政の相互不干渉、平等互恵、平和共存の五原則に基づいて、中日両国の関係を処理することに同意する。
 中日両国間の紛争は、五原則に基づき、平和的話し合いを通じて解決し、武力や武力による威嚇に訴えない。
5 双方は、中日両国のどちらの側も、アジア・太平洋地域で覇権を求めず、いずれの側も、他のいかなる国、あるいは国家集団が、こうした覇権をうちたてようとすることに反対するものであると声明する。(相談に応ずる)
6 双方は、両国の外交関係が樹立された後、平和共存の五原則に基づいて平和友好条約を締結することに同意する。
7 中日両国人民の友誼のため、中華人民共和国政府は日本国に対する戦争賠償の請求権を放棄する。
8 中華人民共和国政府と日本国政府は、両国間の経済と文化関係をいっそう発展させ人的往来を拡大するため、平和友好条約が締結される前に、必要と既存の取極め〔取り決め〕に基づいて通商、航海、航空、気象、郵便、漁業、科学技術などの協定をそれぞれ締結する。

 〈黙約事項〉

1 台湾は中華人民共和国の領土であり、台湾を解放することは、中国の内政問題である。
2 共同声明が発表された後、日本政府は、台湾からその大使館、領事館を撤去し、また効果的な措置を講じて、蒋介石集団(台湾でもよい)の大使館、領事館を撤去させる。
3 戦後、台湾における日本の団体と個人の投資、及び企業は、台湾が開放〔「解放」の誤り〕される際に適当な払われるものである。(もちろん中国側が適当な配慮を払うという意味である)

《共同声明日本側案》

1 日本国政府及び中華人民共和国政府は、日本国と中国との間の戦争状態の終結をここに確認する。
2 日本国は、中華人民共和国を中国の唯一の合法政府として承認する。
3 日本国及び中華人民共和国は、1972年〔空白〕月〔空白〕日から外交関係を開設することを決定した。
  両政府は、また、できるだけすみやかに大使を交換するに合意し、国際法及び国際慣行に従い、それぞれの首都における他方の外交使節団の設置及びその任務の遂行のために必要なすべての援助を相互に提供することを決定した。
4 中華人民共和国は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを再確認する。
  日本国政府は、この中華人民共和国の立場を十分理解し、かつ、これを尊重する。
5 日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、国内問題に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則に従って、両国間の平和的かつ友好的関係を恒久的な基礎の上に確立すべきことに合意する。
  これに関連して、両政府は、日本国と中国が、外国からいかなる干渉も受けることなく政治的、経済的又は社会的制度を選択する両国の固有の権利を相互に尊重すること、及び、両国が、国際連合憲章の原則に従い、相互の関係において、いかなる紛争も平和的手段により解決し、武力による威嚇又は武力の行使を慎むことを確認する。
6 日本国政府及び中華人民共和国政府は、両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を確立しようとする他のいかなる国あるいは国の集団による試みにも反対するとの見解を有する。
(7 中華人民共和国政府は、日中両国国民の友好のため、日本国に対し、両国間の戦争に関連したいかなる賠償の請求も行わないことを宣言する。)
8 日本国政府及び中華人民共和国政府は、両国間の平和友好の関係を強固にし、かつ、両国間の将来を発展させることを目的として、平和友好条約及び通商航海、航空、漁業等の各種の分野における必要な諸取極〔取り決め〕の締結のため、外交上の経路を通じて交渉を行うことに合意した。

《「日中共同声明日本側案の対中説明要領」(高島条約局長による説明)》

 日本側が準備した日中国交正常化に関する共同声明案は、先般中国側から非公式に提示された「日中共同声明文案大綱」を基礎にして、同大綱に示されている中華人民共和国政府の見解を尊重しつつ、若干の重要な点に関する日本政府の立場も反映されるように配慮したものである。以下、中国側の「大綱」と対比しつつ、共同声明案本文の各項についての日本側の考えを説明する。
1 第1項は、中国側の「大綱」と同様に、日中両国間の戦争状態の終結問題をとり上げている。「大綱」との相違は、日中両国政府による戦争状態終了の確認という形式をとっていること及び戦争状態の終了時期が明示されていないことの2点である。この相違は、日本側としてきわめて重要視する点であるので、この機会に、この問題に関する日本政府の基本的立場を説明し、これに対する中国側の理解を得たいと考える。
 日中間の戦争状態終結の問題は、いうまでもなく、日華平和条約に対する双方の基本的立場の相違から生じたものである。この点は、昨日大平大臣から説明した通りであるが、繰り返し説明したい。中国側が、その一貫した立場から、わが国が台湾との間に結んだ条約にいっさい拘束されないとすることは、日本側としても十分理解しうるところであり、日本政府は、中華人民共和国政府がかかる立場を変更するよう要請するつもりは全くない。しかしながら、他方において、日本政府が、自らの意思に基づき締結した条約が無効であったとの立場をとることは、責任ある政府としてなしうることではなく、日本国民も支持しがたいところである。したがって、わが国と台湾との間の平和条約が当初から無効であったとの前提に立って、今日未だに日中両国間に法的に戦争状態が存在し、今回発出されるべき共同声明によって初めて戦争状態終了の合意が成立するとしか解する余地がない表現に日本側が同意することはできない。
 第1項の表現は、このような考慮に基づいて書かれたものである。これまでの日中関係に対する法的認識についての双方の立場に関して決着をつけることは必要ではなく、また、可能でもないので、それはそれとして、今後は、日中両国間に全面的に平和関係が存在するという意味で、戦争状態終了の時期を明示することなく、終了の事実を確認することによって、日中双方の立場の両立がはかられるとの考えである。表現については、中国側の提案を待って、さらに検討したい。
2 第2項は、日本政府による中華人民共和国政府の承認であり、中国側の「大綱」第2項の前段に相当する。「大綱」は、まず承認問題を含む中国側の三つの原則的立場に対する日本政府の態度を包括的かつ抽象的に述べた後に、具体的に承認問題に言及する構成をとっているが、日本側は、本項においては、承認問題のみをとり上げ、これに対する日本政府の明確な態度を示すことが適当と信ずるものである。その他の二つの問題(すなわち、台湾問題と日華平和条約問題)については、それぞれ別途に処理することとしたい。中国と諸外国との共同声明においても、承認と台湾問題は切り離して処理されていると承知しているので、このように、三つの問題を個別に解決していく方式については、中国側にも特に異存はないものと考えた次第であるが、昨日の周総理の発言に関連し、この点に関する中国側の見解を伺いたい。
3 第3項は、外交関係の開設、大使の交換及び外交使節団の設置に関する日中間の合意に関するものであり、中国側の「大綱」第2項の後段に相当する。「大綱」に比してその内容がより詳細なものとなっているが、本項の表現は、中国と諸外国との間の共同声明を先例として参考にしたものであるので、特に補足的な説明を要しないであろう。
 なお、日中両国間の外交関係開設は、この共同声明発出の日と同日付けで行われるべきであるというのが日本側の考えであり、中国側も同様の見解と了解している。
 この項の内容は、日中両国政府の正式の合意を必要とする事項であり、わが方としては、国内手続上、共同声明とは別個の事務的な合意文書を必要とするので、中国側に特に異存がない場合には、別途同趣旨の簡単な覚書を作成し、共同声明ではこの合意を確認するという形にしたいと考える。
4 次の第4項は台湾問題に関する部分であり、中国側の「大綱」別添の「黙約事項」の一に相当する。
 すでに中国側も理解しているとおり、日本側は、日中国交正常化に際しては、いっさい秘密了解のごとき文書を作るべきではないと考えており、台湾問題についても、他の項目と同様に、日中双方が合意しうる表現を見出し、これを共同声明に含めることとしたい。
 台湾問題に関する日本政府の立場については、この機会にこれを要約すれば次のとおりである。
 サン・フランシスコ平和条約によって、台湾に対するすべての権利を放棄したわが国は、台湾の現在の法的地位に関して独自の認定を下す立場にない。中国側が、サン・フランシスコ条約について、日本側と異なる見解を有していることは十分承知しているが、わが国は、同条約の当事国として、右の立場を崩すことはできない。しかしながら、同時に、カイロ、ポツダム両宣言の経緯に照らせば、台湾は、これらの宣言が意図したところに従い、中国に返還されるべきものというのが日本政府の変わらざる見解である。わが国は、また、「中国は一つ」との中国の一貫した立場を全面的に尊重するものであり、当然のことながら、台湾を再び日本の領土にしようとか、台湾独立を支援しようといった意図は全くない。したがって、わが国としては、将来台湾が中華人民共和国の領土以外のいかなる法的地位を持つことも予想していない。
 このような見地から、日本政府は、台湾が現在中華人民共和国政府とは別個の政権の支配下にあることから生ずる問題は、中国人自身の手により、すなわち、中国の国内問題として解決されるべきものと考える。他方、わが国は、台湾に存在する国民政府と外交関係を維持している諸国の政策を否認する立場になく、また、米中間の軍事的対決は避けられなくてはならないというのがすべての日本国民の念願である以上、台湾問題はあくまでも平和裡に解決されなくてはならないというのが日本政府の基本的見解である。
 共同声明案の第4項第2文の「日本国政府は、この中華人民共和国の立場を十分理解し、かつ、これを尊重する。」との表現は、右に述べたような日本側の考え方を中国側の立場に対応して簡潔に表したものである。
5 中国側の「大綱」第4項に述べられている日中関係に適用されるべき基本原則については、日本側としても、その内容に特に異存がないので、これを若干ふえんした形で第5項において確認することとしたい。
 なお、本項後段において、両国間の紛争の平和的解決及び武力不行使と並んで、日中双方が自由に自国の国内制度を選択する固有の権利を相互に尊重する旨をうたっているが、これは、前段で強調されているように、「両国間に平和的かつ友好的関係を恒久的な基礎の上に確立」するためには、日中両国が、それぞれの政治信条に基づき、異なる政治、経済、社会制度を有している事実を相互に認め合い、これを許容するという基本的姿勢がきわめて重要であると考えられるからである。
6 第6項は、中国側の「大綱」第5項と同じ内容であるので、日本側から特に補足すべき点はない。
7 賠償に関する第7項は、本来わが方から提案すべき性質の事項ではないので、括弧内に含めてある。その内容は、中国側の「大綱」第7項とその趣旨において変わりがないが、若干の表現上の修正が行われている。すなわち、日本政府は、わが国に対して賠償を求めないとの中華人民共和国政府の〔一部欠落。「立場」と思われる〕を率直に評価するものであるが、他方、第1項の戦争状態終結問題と全く同様に、日本が台湾との間に結んだ平和条約が当初から無効であったことを明白に意味する結果となるような表現が共同声明の中で用いられることは同意できない。日本側提案のような法律的でない表現であれば、日中双方の基本的立場を害することなく、問題を処理しうると考えるので、この点について中国側の配慮を期待したい。
8 最後の第8項においては、中国側の「大綱」第6項と第8項を一項にまとめ、国交正常化後日中間において締結交渉が予想される平和友好条約及びその他若干の諸取極〔取り決め〕が例示的にあげられている。本項において触れられていない他の分野に関する取極については、日本側として、これを積極的に排除する意図はないが、当面その締結の必要性につき確信がえられないのであえて言及しなかった次第である。
 なお、本項に関連して、日本側としては、二つの点について、中国側との間に誤解がないように確認しておきたい。
 まず、平和友好条約に関しては、日本側は、中国側が予想している条約の内容を具体的に承知していないが、日本政府としては、この条約が、将来の日中関係がよるべき指針や原則を定める前向きの性格のものである限り、その締結のために適当な時期に中国側の具体的提案をあって交渉に入ることに異存はない。戦争を含む過去の日中間の不正常な関係の清算に関連した問題は、今回の話合いとその結果である共同声明によってすべて処理し、今後にかかる後向きの仕事をいっさい残さないようにしたい。
 次に、個個の実務的分野を対象とする取極については、既存の民間ベースの取極がある場合、従来これが果たしてきた役割を否定するものではないが、やはり政府間の取極ということになれば、民間取極の内容をそのまま取り入れることができない場合もありうると考えられるので、政府がこれに拘束されるかのように解される表現を共同声明において用いることは避けたい。
9 日華平和条約に関するわが国の基本的立場は、すでに第1項の戦争状態終了の問題に関連して述べたとおりであるが、他方、日中国交正常化が達成されれば、日華平和条約は実質的にその存続意義を失うこととなるので、日本政府としては、今後の日中関係が全く新しい基礎の上に出発することを明確にする意味で、なんらかの適当な方法により条約の終了を公けに確認する用意がある。
10 なお、中国側の「大綱」別添の「黙約事項」においては、台湾問題のほかに、わが国と台湾との間の大使館、領事館の相互撤去及び戦後の台湾に対する日本の投資に対する将来の中国側の配慮の2点が言及されているが、このうち第1点に関しては、これが日中国交正常化の必然的帰結と認識しており、妥当な期間内に当然実現されるものであるので、このようなことのために、公表・不公表を問わず、あえて文書を作成する必要はなく、中国側において日本政府を信用してもらいたい。また、第2点に関しても、秘密文書を作成しないとの基本方針に基づき、これを口頭での了解にとどめておくべきものと考える。

《共同声明中国側案》

 中日両国は海ひとつへだてた隣国であり、両国間の歴史には悠久な伝統的友誼があった。両国人民は、両国間にこれまで存在していたきわめて不正常な状態をあらためることを切望している。中日国交の回復は、両国の関係史上に新たな1ページを開くであろう。
 (日本国政府は、過去において日本軍国主義が中国人民に戦争の損害をもたらしたことを深く反省する。同時に、中華人民共和国政府が提起した国交回復三原則を十分理解することを表明し、この立場に立つ中日関係正常化の実現をはかる。)中国政府はこれを歓迎するものである。
 中日両国の社会制度は異なっているとはいえ、平和かつ友好的につきあうべきであり、また、つきあうことができる。中日両国の国交をあらたに樹立し、善隣友好関係を発展させることは、両国人民の根本的な利益に合致するばかりでなく、アジアの緊張状態の緩和と世界平和の擁護にも役だつものである。
 両国政府は友好的な話合いをつうじて、つぎの合意に達した。
(1)本声明が公表される日に、中華人民共和国と日本国との間の戦争状態は終了する。
(2)(日本国政府は、中華人民共和国政府が中国を代表する唯一の合法政府であることを承認する。)
 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。
 (日本国政府は、カイロ宣言にもとづいて中国政府のこの立場に賛同する。)
(3)中華人民共和国政府と日本国政府は、1972年9月〔空白〕日から外交関係を樹立することを決定した。双方は国際法及び国際慣例に従い、それぞれの首都における相手側の大使館設置とその任務遂行のために必要な条件をつくり、また、 箇月以内に大使を交換することを申し合わせた。
(4)中華人民共和国政府は、中日両国人民の友好のために日本国にたいし戦争賠償請求権を放棄することを宣言する。
(5)中華人民共和国政府と日本国政府は、主権と領土保全の相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉、平等互恵、平和共存の五原則にのっとって中日両国間の関係を処理し、両国間の平和友好関係を恒久的な基礎のうえに確立することに合意する。
 上記の原則にもとづき、両国政府は相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力の行使あるいは武力による威かくをおこなわないことに合意する。
(6)中華人民共和国政府と日本国政府は、中日両国のどちら側もアジア・太平洋地域において覇権を求めるべきではなく、いずれの側もいかなるその他の国あるいは国家集団がこうした覇権を確立しようとするこころみに反対するものであると声明する。
(7)中華人民共和国政府と日本国政府は、両国間の平和友好関係を強固にし、発展させるため、平和友好条約を締結することに合意する。
(8)中華人民共和国政府と日本国政府は、両国間の経済、文化関係をいっそう発展させ、人的往来を拡大するため、平和友好条約が締結される前に交渉を通じて、必要と既存の取り決めにもとづき、貿易、航海、航空、漁業、気象、郵便、科学技術などの協定をそれぞれ締結する。
(注)日本側が表明すべき部分は、( )内に入れられている。

             ◇          ◇

(注)引用した文書は「大平外務大臣・姫鵬飛外交部長会談(要録)(1972年9月26日~27日)―日中国交正常化交渉記録―」(交渉当時の記録を78年5月、外務省中国課が整理したもの。当時は「無期限極秘」扱い)
 なお、参考として付した各共同声明案などは、( )内を含め、すべて外交文書の原文通り。〔 〕は訳注。(2002年7月2日)

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