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「琉球問題」提起で日本けん制─「尖閣」に加え、「歴史」にも不満(2013年5月)

 尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題に絡めて、中国が「琉球(沖縄)問題」を持ち出してきた。共産党機関紙「人民日報」が日本の沖縄領有権に疑問を呈する大論文を掲載し、中国系香港紙「文匯報」は「琉球は中国領」と断言。さらに、人民日報系の「環球時報」は、中国が「琉球の日本からの分離」を支援する可能性を示唆した。尖閣問題が長引いているのに加え、4月後半から日本側で歴史問題についても強硬な言動が相次いだことから、メディアを通じて「琉球問題」を提起することで日本をけん制する狙いがあるとみられる。
 
■「歴史的懸案、再議を」

 5月8日付の「人民日報」は中国社会科学院の専門家二人が執筆した「『馬関条約』(下関条約)と釣魚島問題を論じる」と題する長大な論文を掲載した。論文は「(明治時代から)日本がさまざまな口実で琉球、朝鮮、中国を侵略する事件がたびたび発生した」とした上で、日本は第2次世界大戦で敗れ、カイロ宣言やポツダム宣言を受け入れたのであるから、「それらの規定により、台湾およびその付属諸島(釣魚島の島々を含む)、澎湖諸島の中国復帰だけでなく、歴史的な懸案で未解決のままの琉球問題についても再び議論できる時が来た」と主張した。
 明治政府が琉球王国を廃し、沖縄県とした「琉球処分」は不当で、「琉球」が現在、独立国なのかどうか、そうでないとすれば、どの国に属しているのかは厳密には確定していないというのが論文の趣旨。中国が忌み嫌う台湾地位未定論と同じ理屈を沖縄に適用した形だ。
 10日付の中国系香港紙「文匯報」はさらに踏み込んで、「琉球は事実上、古くから中国の領土だ」と断定し、「中国が琉球と釣魚島に対する日本の主権を認めたことはない」と強調した。
 別の中国系香港紙「大公報」も、「琉球群島は絶対に『日本領』ではない」とするシンガポールの研究者による論文を掲載。論文は「釣魚島問題を解決するには、琉球群島に対する主権はどの国にあるのか真相を明らかにする必要がある」と主張した。

■「琉球国復活」支援案も

 11日には「環球時報」も社説で「琉球問題」を取り上げた。反日色が特に強い同紙は人民日報が提起した「琉球再議」について、①中国で琉球問題に関する民間の研究・討論を認め、「琉球国復活」を目指す組織を支援する②中国政府が国際社会で琉球問題を提起する③「琉球国復活」を目指す勢力を現地で育て、「琉球」を日本から分離させる―という第3段階の戦略を提案した。
 これもまた、台湾問題で中国が極度に警戒している外国勢力の台湾独立派支援という構図をそのまま「琉球問題」に当てはめたものだ。中国自身は台湾・チベット・新疆問題でこのような思想や運動を「分裂主義」と呼び、非難してきた。
 「琉球」に日本本土と異なる独自の歴史があることを理由に独立を促せば、台湾・チベット・新疆も同じ理屈で中国から独立できることになってしまうが、同紙は「そのような心配は不要」と、なぜか楽観的だ。「中国の総合国力は既に日本を超えた」(同紙)との自信が背景にあるとみられる。
 人民日報と環球時報は共産党の新聞なので、その主張は当然、党の意向を反映している。また、文匯報と大公報は香港紙ながら、中国共産党中央宣伝部の指導下にある。中国系香港メディアの内情に詳しい消息筋によると、両紙の「琉球問題」キャンペーンは同部からの指示に基づく。安倍晋三首相の「侵略の定義は定まっていない」という発言(4月23日の国会答弁)など、歴史問題に関する日本要人の一連の言動に対する不満が原因で、「中央宣伝部より高いレベルの決定」という。

■強烈な「中華民族」意識

 習近平国家主席は国家副主席時代の2009年、メキシコを訪問して現地の華人代表と会見した際、「腹がいっぱいになって、やることがない一部の外国人がわれわれのことについて、あれこれ言っている」と言い放った。この発言は香港メディアで、台湾、チベット、軍拡などの問題に関する外国の対中批判に公然と反発を示したとして大きく報じられ、「習氏は対外強硬派」との見方が広がった。
 その後、一部の中国当局者は非公式に「あれは即興の発言で、他意はなかった」などと釈明したが、習氏が昨年11月、党総書記に就任してから、「中華民族の偉大な復興」をたびたび強調していることからみて、実際には「腹いっぱい」発言は習氏の本音だったようだ。習主席のこうした強烈な「中華民族」意識が今回の「琉球問題」キャンペーンの背景にあるのは間違いない。

■香港にも高圧的態度

 習主席率いる新指導部の強硬姿勢は自国内の香港政策でも顕著だ。習氏の国家主席就任で新体制が固まった今年3月から、中国側は「普通選挙」となる見通しの香港次期行政長官選挙について「長官は愛国者でなければならない」として、長官ポストを狙う香港民主派をけん制。元中国国務院香港・マカオ事務弁公室主任の魯平氏は4月下旬、香港のラジオとのインタビューで、もし香港行政長官が将来、中央政府に対抗すれば、「香港は本土という後背地を失い、間違いなくおしまいになる」と強く警告した。
 中国要人のこのような高圧的態度に対し、香港側では反発が強まっており、一部の香港人は皮肉を込めて、自分たちの祖国を「強国」、本土の中国人を「強国人」を呼んでいる。しかし、香港の親中派筋によると、香港を訪れる中国当局者たちは「本土が香港を支えてやっている」と公言し、香港を見下す態度が最近、露骨になっているという。
 日本に「琉球問題」を持ち出したり、香港を政治的に締め付けたりする中国の強気は、国内総生産(GDP)が日本を抜き、世界2位になった事実に支えられている。だが、経済発展レベルの物差しである1人当たりGDPを見れば、中国は約6000ドルと日本や香港の6分の1以下でしかない。
 また、先進諸国や香港の高い発展レベルはそれぞれのソフトパワーが土台となっているが、中国が胡錦濤時代から各分野で必要性を強調している「自主創新」(独自技術・ノウハウの革新)能力はいまだに見るべき進歩がない。
 貧富の格差、当局の不正・腐敗まん延、環境破壊といった内部矛盾を抱えながら、経済規模の拡大だけで大国意識を深めている中国共産党政権は、周辺諸国や香港にとって憂慮すべき存在になりつつある。(2013年5月12日)

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