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有力紙の記事改ざんが大騒動に─広東省党宣伝部の検閲に記者ら反発(2013年1月)

 中国広東省の有力週刊紙「南方週末」が新年号で掲載する予定だった「憲政」実現を主張する記事が同省共産党委員会宣伝部の指示で大幅に改ざんされたことから、同紙の記者たちが猛反発し、元同紙記者らが公然と◆(席の巾を尺に)震宣伝部長の辞職を要求する騒ぎになった。中国本土・香港・台湾のメディア・学者だけでなく、一部の芸能人も同紙記者を支援。党がメディアを管理している社会主義体制の中国で報道規制がこれほど大きな問題になるのは異例。習近平党総書記率いる新指導部内でメディア政策をめぐり意見の不一致が生じている可能性もある。
 
■「憲政の夢」

 南方週末は広東省党委機関紙「南方日報」の姉妹紙。共産党系の新聞ながら、改革志向が強く、当局の不正・腐敗を暴く独自報道などで人気がある。しかし、同紙のこうした報道姿勢は党内保守派の反発を買っていた。
 騒動の発端となったのは1月3日付紙面の論説記事。元の記事は、憲法に基づく政治が実現してこそ、国が発展し、国民が自由に暮らせると主張したもので、反体制的な民主化要求を掲げた内容ではなかった。
 ところが、同紙の内部報告書などによると、省党委宣伝部は発行直前まで黄燦編集長に対し、何度も書き直しを指示。最終的には担当編集者が休みだった2日、黄編集長と副編集長が記事をさらに書き換え、「憲政の夢」を論じた文章は大幅に削減された上、「我々はこれまでになく夢に近づいている」という現状肯定の内容となって掲載された。
 反発した記者・編集者はミニブログ「微博」(中国版ツイッター)などを通じて抗議し、ストを警告した。また、約50人の元同紙記者・編集者は4日、ネット上で◆部長に引責辞任と謝罪を要求する公開書簡を発表。6日には本土・香港・台湾の学者27人が連名で声明を出し、「◆部長を更迭しなければ、広東省の改革・開放の伝統が失われてしまう」と主張した。

■「必ず敗者になる」

 南方週末を発行する広州のメディア企業・南方報業伝媒集団の本社前では連日、多数の市民が集まり、同紙の記者側に声援を送った。一方、党機関紙「人民日報」系の日刊紙「環球時報」(北京)は7日、中国でメディアが公然と政府に対抗すれば「必ず敗者になる」と警告。党中央宣伝部は全国各地の新聞にこれを転載するよう指示した。
 しかし、南方週末の姉妹紙である北京の日刊紙「新京報」など一部の新聞は転載を一時拒否した。特に新京報の戴自更社長は辞意を漏らして、北京市党委宣伝部に抵抗したが、停刊となる恐れが出てきたため、結局、9日の紙面で環球時報の記事を転載。転載を決めた際、多くのスタッフが涙を流したという。
 さらに、本土の女優・姚晨さんや李冰冰さん、台湾の歌手・伊能静さんら有名芸能人が次々と微博で南方週末の記者側を支援する態度を表明した。8日付の香港紙「リンゴ日報」は一連の動きについて、中国民主化運動が天安門事件で武力弾圧された1989年以後では極めて珍しい「報道の自由をめぐる戦役」だと指摘した。

■胡春華氏が介入

 事態が制御不能になることを恐れた当局側は早期収拾に動き、広東省党委宣伝部と南方週末の編集部門は8日、事態収拾で合意。10日付の同紙は予定通り発行された。
 香港各紙によると、両者は①南方週末の記事に対する宣伝部の事前審査(検閲)は中止する②黄編集長は辞職する③記事改ざんに抗議した記者らは処分しない―ことで合意した。昨年12月に広東省党委書記になったばかりの胡春華氏が介入し、柔軟な姿勢で収拾を促したという。胡書記は広州に着任早々起きた政治的難問を一応無難に処理した形だ。
 記事改ざんの「主犯」とされる◆部長は更迭されるという説もあるが、◆部長は10日、広州で開かれた全省宣伝部長会議に出席。部長就任から8カ月しかたっておらず、更迭されるとしても、ほとぼりが冷めてからとみられる。

■習総書記は憲法重視

 ◆氏は北京の有力紙「経済日報」の記者出身。同紙編集長や国営通信社の新華社副社長を経て、広東省党委宣伝部長に就任した。記者時代は独自報道で活躍したが、宣伝官僚として出世してからは、報道に関する考えが保守的になったといわれる。
 今回の騒動を引き起こした直接の原因は北京から広州に乗り込んだ◆部長の強硬路線だったが、不可思議な点もある。
 宣伝部が問題視した「憲政」は共産党自身がその重要性を強調してきた。しかも、習総書記は就任して間もない昨年12月4日、現憲法の公布・施行30周年記念大会で演説し、「憲法の生命は実施であり、憲法の権威も実施にある」と指摘。「いかなる組織・個人も憲法と法律を超越する特権を持ってはならない」と強調した。
 つまり、改ざんされた南方週末の元の記事は改革志向を強く打ち出していたものの、基本的には習総書記の路線を支持するものだった。幾つもの新聞が一時、南方週末を事実上支援する動きを示したのは「改ざんは党中央指導部全体の意向を反映したものではなく、党宣伝部門の行き過ぎだったのではないか」と考えたためとみられる。

■指導部内で不一致?

 改革派メディアでは、北京の現代史専門誌・炎黄春秋も1月4日、ウェブサイトがアクセス不能になった。同誌1月号の「憲法は政治体制改革の共通認識」と題する文章が党宣伝部門に問題視された可能性があるが、同誌自体は発禁になっていない。
 香港誌「亜洲週刊」(1月20日付)によると、炎黄春秋を発行する出版社の社長で、改革派知識人として著名な杜導正氏は「サイト閉鎖の原因は不明」としながらも、「絶対に習近平や李克強(筆頭副首相、次期首相)とは関係ない。政治局常務委主流派の意向でもない」と断言。「党上層部には大きな意見の不一致が生じている」と述べ、改革派メディアに対する締め付けは一部の政治局常務委員が命じているとの見方を示した。
 香港メディアでは、締め付けの張本人は党中央書記局常務書記(幹事長に相当)の劉雲山氏(政治局常務委員、前中央宣伝部長)という説が出ている。
 劉書記は4日、全国宣伝部長会議で演説し、メディアに「政治意識」や「正確な立場」を要求。公式報道を見る限り、演説は憲政や法治には触れておらず、保守的な内容だった。
 これが習総書記を含む党指導部全体の意向なのか、それとも杜社長が言う「意見の不一致」を示すものなのかは今のところ判然としない。(2013年1月14日)

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