習政権、機能不全を露呈─「気球」で対米外交頓挫(2023年2月)

 中国偵察気球の米領空侵入事件でブリンケン米国務長官が2月上旬の訪中を急きょ延期し、習近平政権が3期目の重要テーマとしていた対米関係改善は出だしでつまずいた。中国側の一連の対応は混乱し、「習1強」が確立したはずの政権は機能不全があらわになった。

■「内部の足並みに乱れ」

 「習政権内の足並みの乱れが表れた」。気球事件について、中国の対外政策に通じた日本の外交関係者はこう指摘した上で、習近平国家主席(共産党総書記)は昨秋の第20回党大会で勢力を大きく拡大したものの、絶対的権力者になったわけではないと語った。
 また、中国当局者との付き合いが長い香港親中派の消息筋は「(中国側関係者は)こんなことになるとは思わなかったのだろう。故意に気球を放った可能性は低い」と述べ、関係部門間の調整がうまく行かなかったとの見方を示した。
 つまり、米高官の訪中を控えた時期だったので、偵察気球の担当者は本来、少なくとも気球が米領空に入り込むといった事態は避けるよう細心の注意を払うべきだったのにもかかわらず、それを怠り、漫然とルーティーン作業を続けたということだ。
 習氏が外交で最も重視する超大国・米国との関係修復に向け、外務省が尽力していた一方で、偵察気球を運用しているとみられる人民解放軍は「われ関せず」だったのだ。
 政治力の弱い外務省が強大な軍に対し、外交に影響する恐れのある行動を逐一報告せよなどと言うことはできない。そもそも、解放軍は「党の軍隊」であり、政府の指示は受けない。
 したがって、習氏が率いる党中央レベルで政府・軍の動きを適切に調整しておくべきだったが、それがなかった、もしくは、指示がきちんと実行されなかったと思われる。いずれにせよ、習氏の威令が行き届いていないと言われても仕方がない。

■「習1強」で体制緩む?

 そのため、中国外務省報道官は2月3日の定例記者会見で、気球の米領空侵入について米メディアの記者から再三問われても「確認中」としか答えられなかった。中国の報道官が「確認中」と言うのは、情報がないか、政府としての見解がまとまっていない時である。
 外務省はその後、問題の気球について「民生用」、つまり、非軍事用だと説明。ところが、5日になると、国防省報道官も気球撃墜に対して抗議声明を出した。気球は非軍事用だと主張しているのに、国防省(解放軍)が口を出すのはおかしくないか。
 また、謝鋒外務次官は5日、この件で米大使館責任者に「厳正な申し入れ」をした際、「中国政府は中国企業の正当な権益を断固として守る」と強調した。しかし、外務省報道官は7日の定例記者会見で、米メディアの記者から「気球はどの企業もしくは部門に属しているのか」と問われ、全く答えられなかった。
 なお、「解放軍の強硬派が対米関係改善を阻止するため、わざと気球事件を起こした」との説もあるが、社会主義国の軍隊に対するシビリアンコントロールはある意味で日米などよりも厳しく、政権内部が大きく分裂しているのでない限り、考えにくい。
 そのようなことをした軍人たちは軍紀・党規律違反で処分されるだけでなく、刑事罰も受けて、政治的に葬られるだろう。反共宣伝色が濃い米政府系放送ボイス・オブ・アメリカ(VOA)ですら、故意説を否定する在外中国人識者の論評を伝えている。
 問題はむしろ、習政権が全体として、うまく動いているように見えないことだ。ゼロコロナ政策に抗議した昨秋の「白紙運動」をはじめとする大小の騒ぎ、新型コロナウイルス対策の急転換による混乱に続く今回の対米外交の大失態は、中国共産党政権が習1強体制下でかえって弛緩(しかん)しているのではないかという印象を強めている。

■「でたらめ、荒唐無稽」

 党指導部の政治局で外交を担当する王毅氏は2月17日、ミュンヘンでパキスタンのブット外相と会った際、米軍による中国気球撃墜を「武力の乱用」と決め付け、「ヒステリーに近い」「米側の中国に対する偏見と無知はでたらめの程度に達した」「荒唐無稽」と厳しく批判。翌18日の安全保障会議でも米国の「誤り」をなじり、ブリンケン米国務長官との会談は非難の応酬となった。
 中国側も米国との対話は続けていくつもりらしいが、気球で他国の領空を侵犯したのに謝罪もせず、相手を罵倒する態度は、対米関係改善のハードルを上げてしまった。習政権3期目も、融通の利かない「戦狼外交」は不変ということだろう。(2023年2月19日)

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