国産ゲーム「黒神話:悟空」異例の称賛─習近平政権、抑圧政策を転換(2024年9月)
孫悟空が活躍する「西遊記」を題材にした中国国産ゲームの大作「黒神話:悟空」を同国当局や公式メディアが珍しく称賛している。習近平政権はこれまで、ゲーム産業に対する規制を重視してきたが、低迷する経済てこ入れのため、抑圧政策を転換したようだ。
■外務省報道官も評価
中国で近年、ゲームソフトは公式メディアから「精神的アヘン」「電子麻薬」などと否定的に扱われ、政府のメディア管理部門が販売や使用を規制。新たな規制案の公表でインターネットサービス大手の騰訊(テンセント)など関連企業の株価が急落したこともあった。保守的な習政権の民営企業たたきという政治路線も一因だったとみられる。
しかし、深セン経済特区(広東省)の新興企業「遊戯科学(ゲームサイエンス)」が8月20日にリリースしたアクションRPG(ロールプレイングゲーム)の「黒神話」については、外務省報道官が翌21日の定例記者会見で「中国古典文学の名著『西遊記』を題材にしており、中国文化の吸引力の反映だと思う」と高く評価した。中国当局者が公の場でゲームをほめるのは極めて異例だ。
謝鋒駐米大使も31日、ワシントン中国文化節の開幕式でのあいさつで「黒神話」を取り上げ、「西遊記」を題材とした意義を強調。「全世界でユーザーは300万を超えた」と紹介した。
主要公式メディアも「世界的品質で中国のストーリーを語る」(国営通信社・新華社)、「わが国ゲーム産業の生産力と国際競争力は不断に上昇している」(国営中央テレビ)などと、このゲームを連日持ち上げている。
多くの公式メディアが競うようにして特定の商品を肯定的に報じるのは通常あり得ないことで、共産党中央宣伝部から何らかの指示が出た可能性がある。
「黒神話」は雲崗石窟(山西省)など中国各地の名所旧跡や伝統芸能が登場することから、山西、陝西両省など関係する地方当局は積極的に地元の観光振興に利用。SNSなどを通じて、景勝地や観光ルートの宣伝を強化した。
ゲームや観光業界に加え、直接関係のない飲料、食品などの業界でも、宣伝のため「黒神話」と提携したり便乗したりする動きがあり、これらは「悟空経済」と総称されている。
■絶妙のタイミング
中国経済はロックダウン(都市封鎖)などゼロコロナ政策の終了後も不調が続いているため、政府はこのところ、国内経済をけん引する民間ビジネスへの支援を強化。党指導部の政治局は7月30日の会議で、今年下半期の経済政策でサービス消費拡大に重点を置く方針を示した。8月3日には政府が各部門・各地方にサービス消費促進を指示する詳細な通達を公表した。ゲームなどの「文化・娯楽消費」や「観光消費」も振興対象とされた。
中国共産党が7月中旬に開いた今年の最重要会議(第20期中央委員会第3回総会=3中総会)や関連する公式報道で、繰り返し改革推進や民営企業支援の姿勢を強調したり、改革・開放政策を始めた故トウ小平氏を礼賛したりしたのも、経済失速に対する党内・国内の不安を和らげるためとみられる。
党中央・政府が経済運営でこのように動く中、「黒神話」のリリースは絶妙のタイミングだった。と言うより、民間ビジネスやゲームに対する政策の変化を見極めた上でリリースしたのだろう。習近平国家主席が非常に重視する中国の伝統文化に基づくコンテンツであることも、当局や公式メディアの心証を良くしたと思われる。
ただ、「改革の全面深化」を掲げた3中総会の決定は、改革を連呼する一方で、その核心である市場経済化にはあまり熱意を示さなかった。習政権が本当にアンチビジネス的スタンスを改めたのか、それとも、単に不況時の一時的方策として民営企業寄りのポーズを見せているのかは今のところ、はっきりしない。(2024年9月1日)