『一日駅長』

「困った、困った」
「何をそんなに困った」
「ずっと目を掛けて下すったお爺が亡うなって、あすの食い扶持に困った」
「そいつは困った」
「七年にもなるか、いまさら狩りに出るのも億劫でよ」
「この横着者め。だが困ったと言うなら結構な日雇いがないでもない」
「そいつは助かるの。で、いったいどんな日雇いじゃ」

「と云うわけで、どうかこいつを当番割りに加えてやってくだされ」
「ふむふむ、困った時はお互い様じゃ。わしらの扶持が減ってしまうが所詮は臨時雇い」
「長老様のお情けまことに感謝いたしまする」
「丁度あしたは儂の番、さっそく代りに勤めてみよ」
「ははあ。さて私めは何をすれば宜しいので」
「まあまあ順を追って話すとしよう。明け方一番列車の来る前に、停車場の改札あたりでちんと座って居る事じゃ」
「なるほど、ちんと座って居りましょう」
「そのうち頭を撫でたり喉を掻いたりするものが居るが、たいがい朝は皆忙しい。そう五月蠅く絡まれる事は無かろうて」
「ふむふむ、しかして昼間は何をいたしましょう」
「好きにベンチで日向ぼっこでもして居れば良い。どうせ列車は二時間に一度しか来ぬ。まあ時々は御愛想をしてやる事だ。雇い主の憶えが良うなるでな」
「これはまた気楽なお勤め。気楽過ぎて何だか裏がある様な」
「裏と言うほどでもあるまいが、夕刻は鳥渡した修羅場であろう。何せ子供たちが帰って来よるでな。それはもう散々揉みくちゃにされるが、そう性質の悪いものは居らん。とは言えお前さんはなかなかに器量良しじゃ、まあそれなりに覚悟はしておけ」
「ぶるる、何か良え様な悪い様な。で何時までそうしておれば」
「田舎の停車場じゃ、今時分であれば日の沈む頃には最後の列車が行きよる。それが出て行ったらお役御免じゃ」
「ほほう、して嫌らしい話ですが私の扶持は」
「偉そうぶった旦那様がな、やれやれ一日御苦労であったと言うて、缶詰なり乾物なりを出して呉れるので、有り難く戴いて帰る事じゃ。そうそう、正月には数の子が出たと聞いた事がある」
「それはまた贅沢な。次の正月には皆で挙って参りましょう」
「ところがそうもいかんのじゃ。誰が定めたとも知らんが、一時にはひとりと決まっておるのでな。その時には皆で籤を引くよって、まあ楽しみにしておれ」
「いやはや、色々と恩に着ます。さては明日参らせて戴きますよって、今宵はこの辺でさいなら御免」

「やあ、けさは白いのがきてらあ」
「にゃあ」


―たま駅長、お勤めご苦労様でした。安らかにお休みください。


#短編小説 #小咄 #たま駅長 #お悔み


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