太巻き

“妾、こっそりお海苔に切れ込みを入れておいたんです。旦那様は万事にせかせかと忙しない、食事も良く噛まずさっさと鵜飲みにされるきらいが御座いますから、喉をお詰めになられでもしたら不可いと思いまして。それで、験担ぎには煩い旦那様は、正しく丙申に向うて黙黙と太巻きを召し上がられましたあと、自ら冷たい井戸の水でお盆を濯がれまして、もう夜も遅い、お前さんも下がれ、お寝みと、そう妾に仰るなり、御自分はまたひとり帳場にお籠りになられたので御座います。
 結局、旦那様は其年の桜も見ないうちに果敢無くなられて了いました。集金回りの道すがら、暴れ馬の曳く荷車に背を折られまして、余りの呆気なさに家の者は皆泣く事すら忘れている様な始末。さて、それが旦那様の持って生まれた縁ではあったのでしょうけれども、妾の要らぬ気遣いが反って仇となった、或いはとてもむごい騙し打ちをなして仕舞った様にも思えまして、今もってどうにも気分が晴れぬのです…”


#節分 #太巻き #恵方巻って何ですか


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