これがはじまりでおわりなんだよ
有る所に、ハス、という1人の悪魔がおりました。
彼は悪魔という姿に生まれ墜ちた運命として、悪の契約を結ばなければなりませんでした。
しかし、ハスは保身欲と無駄に大きな想像力を兼ね備えておりました。
例え悪魔であったとしても、自身が罪の無い善良な人間と契約を結べば、いつか自分に罪が返ってくる、と思い込んだのです。
そして、今まで自分が沢山人間に嘘をついてきたことを恥じました。
そこから彼は、死ぬ間際の人間や罪滅ぼしをしたいと嘆く人間、罪を犯した人間としか契約を結ばなくなりました。
すると、彼を取り巻く環境に大きな変化が起こりはじめました。
ハスは、悪魔の角と尻尾を持ちながらも、人々を天国へと導く天使たちに好かれ始めたのです。
その天使の数はおよそ1200弱にものぼります。
夢を見ているような気分でした。
そのようなやり方は悪魔などと呼ばない、と家族に嫌われ、唯一の理解者すらも異国に飛ばされてしまったハスにとって、たくさんの羽の生えた天使たちは神様のように映りました。
自分もこの天使様達のような素晴らしい優しい悪魔になろう。
ハスはその日、誓いました。
ハスの近くで羽ばたいている天使たちのうちのひとりを、ハナといいました。
彼女は、ハスのことが他の天使と同様に大好きでした。
大好きだけれど、それと同時に少し癪でした。
彼は私達天使と知り合ってからまだひと月。
それなのに、彼がこんなにも天使に愛される理由が理解できませんでした。
彼の話すこと全てが素晴らしく、率直で、素直で、健気であるということを、真っ直ぐに受け取ることが出来ませんでした。
それでも、ハナはハスのご機嫌取りをしました。
いい子の振りをしました。
ここでハスのことを批判すれば、自分に不利益が回ってくることを予測したからです。
ハスはそんなことも知らずに、よく気を使ってくれるハナのことを信頼するようになっていきました。
ハナはそろそろ盛り上がりが絶頂になることを感じ、少しずつハスの悪口を広めていきました。
ハスって、ハナの羽を無理やりちぎったんだって。
最近、善良な子供から生気を奪ったんだって。
小鳥を殺しているのも見たよ。
ある日、ハスは1部の天使様たちが自分を冷ややかな目で見ていることに気が付きました。
そして、信頼していたハナにその理由を聞きました。
───どうやら、ハスの根も葉もない噂が広まっているみたい。
辛いよね、悲しいよね。
私だけは何があっても味方だからね……───
ハスは噂の根源がハナであることを勘づいていました。
しかし、何も言いませんでした。
1度は自分を愛し、支え、救ってくれた人たちを、誰一人として傷つけたくないと思ったからです。
彼は、笑顔を向け続けました。
噂はだんだん大きくなっていき、どうしようも無くなりました。
それでもハスは怒りませんでした。
いつもにこやかで善良な天使様のようにありたかったからです。
荒波立てて、自分のような異端者のせいで優しい空間を破壊したくなかったからです。
しかし、それは少しずつハスの心を蝕んで、腐らせていきました。
ある日、彼は自身の背中に違和感を感じました。
角や尻尾は悪魔のそれであるのに、肩甲骨が変形し、黒い羽が生えていたのです。
天使様たちの羽は白色ではあるものの、ハスは、自分の憧れていた存在に近づくことが出来た、これも神の思し召しだ、と喜びました。
そして、意気込んでその姿を1200の天使に披露しに行ったのです。
その頃、天使様たちの間では、ある噂が持ち切りになっていました。
ハナがハスを陥れようとして嘘をついていた、ということが疑われ始めたのです。
ハナはたくさんの天使たちに囲まれ、恐ろしさで震えていました。
私は悪くない、と掠れた声で言い続けました。
そこに、ハスがやってきました。
僕ね、天使様のようになれたよ。
ほら、羽が生えてきた。
皆は一斉に首を傾げます。
…………ハナを除いて、ですが。
ハナの目には、ハスと同様に、黒い翼が映っていました。
ねえ、僕ね、天使様みたいにずっとなりたかったんだ。
きっと空も飛べるよ。
天使様たちは、ハスの言うことよりも、ハナのことを懲らしめることで頭がいっぱいでした。
羽のことを、何かの冗談だと受け取ったのです。
ハナに言いたいことは無いか、私たちが処罰を下すから。
そういいました。
ハスは言います。
───僕ね、天使様たちが僕を守ってくれたように、皆さんを守りたいんだ。
でも、難しいみたい。
天使様はみんなにびょうどうに、だよね。
みんなを守れないなら、それは平等じゃない。
だから、僕はこの羽で飛んでゆくよ。
ハナは悪くない。顔を上げて。
天使様が悪口を広めるとしたら、それはよっぽどの事だよね。
僕が全部悪いんだ。───
天使様たちは止めます。
そんなところから飛んだら、死んでしまうわ。
どうか、やめて。
ハスにその声は届きませんでした。
彼の心は、折れきって、罪悪感でいっぱいでした。
天使様のようにはならなかったという背徳感や、愚骨頂なことを何かしただろうか、という後悔で溢れていました。
彼は、飛び降り、散りました。
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