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はじめに

アカウントを作ったものの、触る機会が無かったNoteですが、ちょっとした機会に、まぁ稼働させてみるかという気になりました。こちらでは、過去に書いた様々な文章を、その時の思い出などを書き足しながら紹介などしていこうと思います。
メインはさるパラグライダー専門誌に連載していたペンネームで買いた小説の公開になるかと。でも何話かデータが残ってないんだよなぁ…

雑感:この小説を書き始めた時に、オープニングから中盤までの展開まではもう固まっていました。序盤から中盤までは「バリバリ伝説」っぽい主人公の成長物語、中盤からは「グラン・ブルー」が描いた荘厳な海中の青のイメージを、逆転層を越えた濃紺の空を舞台に描き、競技の面白さと理屈を越えた人間の力を表現(これは、現在南足柄にて歯科医を営む盟友、武尾拓選手の提言)。そして全体を通底するテーマである、僕らはなぜ飛ぶのか? には結論を出せないまま連載を開始しました。 あ、ツンデレなヒロインは僕の好みです(笑)。

それではお楽しみください。作品のタイトルは…昔読んでいた方ならもう僕が書いていた事は見当がついていますよね。

ファイナルグライド

プロローグ
 雲底が近かった。コルドピロンの北側斜面で首尾良くスイスチームの選手達を出し抜いた内藤は最終パイロンを回りながら右下方にぴったりと着いてきている松田の機影を視界の隅に捕えていた。鋭く日本刀のように後退のかかった翼端を持つハイアスペクトのその機体はピクリとも動揺せずにまっすぐに滑空している。内藤は良く知っているが、まだ完成していないその機体は、何もしないでああもまっすぐに飛んでくれるほど行儀の良い代物ではない。
「まったく大した奴だよ。」
 内藤は苦笑した。まだ完成していないからという内藤の制止を笑いとばして引っぱり出したあの機体を、松田はもう手足のように乗りこなしているのだ。シュタッドに設定されているゴールまでは後一つサーマルを乗り継げば造作もなくたどり着ける。PWC初の日本人による1、2フィニッシュが決められるかもしれない!振り向いた内藤の視線を捕えた松田は、ぐっと右手を振り上げて力強く拳で天を衝いた。しかし、次の刹那こちらをみる松田の眼が驚愕に見開かれ、何かを叫ぼうと口が大きく開いた。
「内藤!」
 一瞬早く反応した内藤は松田の叫びを背中で聞いた。振り向いた内藤の眼前には雲の中からスパイラル降下してきた真っ白い機体がすでに視界いっぱいに広がっていた。
「シィィット!」
 白い機体のパイロットは内藤を回避するために自殺同然の回避行動を取った。旋回の内側のブレークコードを限界を越えて引き込んで片翼を失速させたのだ。白い機体は旋回の内側の翼を不気味にねじらせて後退させながらきわどい所で内藤をかわした。コントロールを失って竹とんぼのように旋回を始めたその機体は、トリッキーならせん運動を見せながら内藤の右下に落ちて行った。そして、そのコースの延長上には松田の操る藤色の機体が浮かんでいた。なにも手が出せない内藤にとってその姿はあまりにも無防備で弱々しかった。松田はまだ内藤に向けて警告を発するために開いた口を閉じてすらいなかった。
 それはまるでスローモーションのように内藤の眼然で進行した。白い機体のパイロットはもんどりうつようにして松田のあやつる機体の中央やや右よりに背中から飛び込んだ。パイロットを包み込むように変形した藤色のキャノピーに、白いキャノピーが覆いかぶさっていく。突然の抵抗に前進を阻まれた松田の機体はそれでも若干の抵抗を試みて動揺した後に、突然力を失ってしまったかのように滑空をやめた。松田の機体が破滅的な失速に入ると、その反動で前進を始めた白いキャノピーが脱兎の如く松田のキャノピーからパイロットを引きずり出した。ブチブチというラインの切れる音が内藤の耳にまで届いて来た。反動でフロントタックを起こした白いキャノピーは木の葉を裏返すようにきれいにひっくり返ってパイロットを虚空に放り出した。
 松田の機体は翼の右よりの3分の 1にわたって無残に引き千切られていた。すでに滑空することのできない機体を何とか頭の上にとどめながら松田はハーネスの背中からレスキューパラシュートのコンテナを素早く引きずり出し、左斜め下に投下した。しかし、その瞬間機体のわずかなバランスを保っていた右翼の三番ラインが音をたてて千切れた。バランスを完全に失った松田の機体は大きな弧を描きながらパイロットの頭上を横切って左に流れていった。そして、その藤色のキャノピーは松田の投げたレスキューコンテナを包込むように覆いかくしてしまった。
「まつだぁーっ!」
落ちていく松田とその機体を追うように内藤は右のブレークコードをぐっと引き込んで深々と体重をかけながら急速にスパイラル降下に入って行った。エアスピードが異常に増大して体にGがかかる。沈下速度の急激な増加に腿に取り付けたバリオのシンクアラームがけたたましい警報を発しはじめた。視界がぐるぐるとろくろのように回っている。岩だなに引っかかるように広がった藤色のパラグライダーとその近くに首を不自然にねじ曲げたまま横たわる松田を中心に世界が狂ったように回転している。松田の体の下から真っ赤な血だまりがじわじわとあたりを浸食するかのように広がっていく。Gの影響だろうか?やがて内藤の視界も赤く染まり始めた。ずっとスパイラルをしているというのになぜ俺は松田の所まで降りられないのだ?もう松田の体から流れる血はあたりの山々をすべて覆って空までもが赤く染まりつつある。やがて松田の体から流れ出した真っ赤な血は、燃え上がるようなオレンジの光となって内藤の視界を覆い尽くした。バリオのシンクアラームは狂ったように内藤の耳をつんざき、たまらずに目を閉じたまぶたの裏を透かして、狂暴な輝きは内藤のまぶたの裏をオレンジ色に染め上げた。
 全身の筋肉の突発的な緊張とともに内藤は目を覚ました。昨晩カーテンを閉め忘れた窓からは遮るもののない刺すような朝日が内藤の顔を照らしている。耳もとでやかましく響いている音を止めるために腿のあたりをまさぐってから内藤は苦笑しながら枕もとの目覚まし時計に手をのばした。今度電子音ではない、昔ながらの目覚まし時計を一つ買おう。もうこんな夢は金輪際ごめんだ。内藤はのろのろと布団から這いだして、寝汗でじっとりと濡れたシャツを着替えながらそう思った。


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