見出し画像

「信じること」の抽象度

 若い友人と「幽霊をみる」ことについて話した。折りしも『山怪』第2巻を買ったばかりだ。同書は「山」にまつわる怪異譚で、オススメの一冊である。

 さて、友人と「いわゆる怪異が山や海ではモノノケになるのに、街中だと人の霊になるって不思議よね」という話になった。

 端的に山海では動物のイメージが人間より強いからだろうか。つまり、所詮「幽霊」なんてイメージの産物なのかもしれない。寂しい話だ。

 たとえば、言語、国籍、場所、時代を問わず、人類が共通して目撃する幽霊やモノノ怪がいれば、楽しい。カメラや電子機器では観測できない。しかし、ある一定数の人々が、奇怪な謎の生物を目撃する。事例の分布は人類全体。

 もし、そんなものが存在すれば楽しい。科学的には、集団ヒステリーだろうと処理される。しかし、目撃証言はリアルタイムでSNSに投稿され続け、CGなりARなりで再現された映像も作られ続けていく。

 目撃証言と映像のフィードバックによって、再現モデルはますます精確になる。しかし、誰もその姿を観測できない。『天気の子』に少し近い。あれは映像に映っていたけれど。

 そんな幽霊やモノノ怪が現れたら、きっと病名がつくだろう。具体的な事物そのものを観測できないとき、それを信じるにはベタに目撃して認知するか、または「病名をつける」等して、少し領域をズラして同定するかしかない。もしくは、より抽象度を上げて、記号化することで説明してしまうか。

 つまり「信じることの抽象度」である。賀川豊彦は、まさにそうやって抽象度を上げて他分野とキリスト教をつないで理解した人物だった。

 では「信じることの抽象度」とは何か。たとえば、信仰に関する個別具体的な表白は、あまりに具体的だから、結局、唯一無二となる。

 しかし、その表白の抽象度を少し上げると、その信仰共同体の中では了解可能なものとなる。つまり、教会や教派が担保される。さらに、そこに社会、地域、言語、時代、人類という要素を入れて抽象度を上げると、ある宗教の信仰体系の全体に対する見立てを得ることができる。

 そして、これを複数の宗教間で行うと「信じることの抽象度」によって、それぞれの宗教を並列的に置いて考える場ができる。

 賀川豊彦、晩年の主著『宇宙の目的』は、そういう形式で、科学を「合目的性」から逐一解説した自然哲学であった。発表では「自然神学」としたが、指導教授らより「それ自然哲学じゃね?」と的確なツッコミを入れられて、納得した。これは余談である。

 さて「信じることの抽象度」である。あくまで私見であるが、この「信仰を抽象化して扱う段階」においてこそ、現れてくる「宗教」毎の特徴がある。すなわち、それこそがその「信仰の固有性」だ。

 信仰の固有性とは、徹底的に抽象化しても、なお残る方向性だとも言える。その方向、その傾きこそが、宗教の核である。たとえば、C.S.ルイスが惑星三部作の終幕で示したとおりだ。分かりにくい例話かもしれない。

 さて、ぼく自身の信仰について記しておこう。ぼくは「信じることの抽象度」という意味では、キリスト教をその最底辺と最高度において信じている。中間項については、グラデーションになっていて、ぼく自身の信仰的来歴によって濃淡がある。

 いいかえれば、ぼくはこの身体の固有性に
おいて、キリスト教を信じており、同時に「信じることの抽象度」を極限まで上げた地点で見える方向性、ある傾きを信じている。そして、その中に数多の他宗教と超常現象を包摂する形を取っている。

 このあたりは「賀川豊彦」研究から学んだものではない。ぼくなりの学びの中で、徐々にそうなってきた。つまり、そういう役回りであると言える。

 ぼくは一般的な神学校課程よりも多く学んだ。しかし教会の現場にもおらず、大学で神学を講じるわけでもない。研究者と名乗るには心許なく、学位もまだない。三途の川の渡し賃を稼ぐために、メディアと文筆で中途半端に書き散らしている。

 ぼくの役回りを敢えて名指すなら、たぶん「キリスト教文学」だと思う。「信じることの抽象度」を上げた先に、ぼくの文学、遊び場と星辰のセカイが広がっている。

 それは幼い日に、実家で4tトラックの屋根に上り、星を虫取り網で掬おうとしてみた景色のように、広く深く輝いている。漫画『アタゴオル玉手箱』みたいな、宇宙のつくりがぼくには見えている。

 とまあ、そんなわけで「信仰の抽象度」を上げても、とくに信仰を失うわけではないよね、という話。明日も宿直なので、そろそろ寝なくてはならない。電気を消せば、幽霊くらい現れてくれるだろうか。

※有料設定ですが全文無料です。研究と執筆継続のため、ご支援ください。

ここから先は

0字

¥ 500

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

無料公開分は、お気持ちで投げ銭してくださいませ。研究用資料の購入費として頂戴します。非正規雇用で二つ仕事をしながら研究なので大変助かります。よろしくお願いいたします。