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コロナ罹患の備忘録

 1月26日(水)午後、税理士より「そろそろ確定申告の準備をしないと後々…」と詰められたのち、どうにも体調が悪いことに気付いた。立ち上がると少し寒気もするしフラつきもする。「まさか風邪ひいたか、いや時節的にはコロナ...?」とりあえず体温計さえ持っていないので、近所の薬局へ買いに行き、このまま外に出れなくなる可能性を前提に冷凍食品も買い込んだ。

 帰宅して熱を測る。ピピピッ……38.5℃...、え、まじで。普段風邪をひいても熱はほとんど出ないのだが、これはヤバいのではないか。何より直観がいう。そう、この感覚、covidワクチン接種の際の気怠さと同じじゃないか。

 とにかくクスリを飲んで寝るしかないか。そう思っていると折しも3日前に会った友人より連絡がある。「検査の結果、covi19に罹りました」とのこと。あっ...、間違いなく濃厚接触者になった、これは確定である...。

 その後、しばらく自治体相談窓口に時間に1回は電話をかけた。また市HPに指示されている発熱外来にも電話をかけた。結果、自治体窓口はまったく繋がらない。発熱外来の指定機関も僅かな時間の当日予約のみで繋がらない。

 1月29日(土)、たしか3日目か4日目の夜、これは病院に行かず「自主隔離10日間」を敢行するしかないのではないか。そう思っていたころ、深夜3時、やっと自治体窓口と通話できた。もろもろ説明したところ、ぼくと同様でそもそも連絡もできなければ受診もできない患者(未確定)が結構いるとのこと。なんてこった。

 咳をすると上半身全体がビリビリと痛む。いままで経験したことのない痛みである。咳をすると背骨と脇腹に刺すような痛みがある。呼吸をするだけでも荒れた気道が咳込もうとして動く。結果、腹筋が微妙な感覚で痙攣を続けるような状態になる。なるほど、これがコロナの軽症か。ちょっとナメてたな…。

 とりあえず手持ちの風邪薬ジキナを飲み、さらに後輩に買ってきてもらった咳止め特化ジキナを投入。つまり大人2回分を1回で飲むのだ。無謀かと思われたが、咳を止めなくては回復も何もないと思い、市販薬2倍飲みを決行。なんとか呼吸は出来るようになった。

 畏友の勧めにより、#7119に電話し事情を説明。看護師さんより「その咳は気になるので可能ならすぐに受診したほうがいい、もしトイレに行くのにも息を切るようになったら迷わず救急車を呼んでください」と言われた。

 1月31日(月)夕方、やっと病院の予約を取れたので、歩いて30分かけて向かい、受診。が、保険証の期限が切れているのと、現金でみるにしても本日中の予約は埋まっている、ということで再び歩いて帰宅。熱のある中、約1時間かけて歩いただけという空しい結果に終わった。さすがにキツイ。

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 2月1日(火)夕方、今度は期限内の保険証をもって病院へ。昨日と同様にエレベーター前で到着の連絡。完全防備の医師が下りてきて、エレベーターは使用停止。そのまま小さな隔離部屋へ行き受診。陽性となった。「すでに熱は下がっている等の話をしたら「耐えたんやね、症状の峠は越えてると思う」と言われた。ただ臨床的観点から体重と年齢も考慮して「特例承認医薬品ラゲブリオ」を処方された。通常の風邪薬、後輩が買ってきてくれたサプリ2種類を加えると、なかなか壮観な飲み薬群である。

 帰り道、歩きながら思う。あぁ、これが死にゆく者、死者の気持ちかと思った。自分が病臥している間も、皆はそれぞれに生活している。社会は回り、事は動く。道行く誰もが自分に興味など示さない。このまま部屋に戻り死んだとしても、誰も気づかない。この空や暮れなずむ景色を次に見られるのは、いつなのか。あぁ、これが死にゆくもの、または死んでしまった者たちの思いなのか。

 ぼくはまだ普通に回復の見込みがある。空を見るのは、来週だろうくらいの気持ちだ。しかし、より絶望的な状況になれば、化けて出るようなヤツがいても可笑しくない。笑えはしない。そう思った。

 2月5日(土)、保健所より連絡あり。咳があるので、もう一日様子をみるとなった。翌2月6日(日)、午前中に何度も着信があり、繋がらないので弟へ連絡。ただ寝ていただけなので、弟には心配と迷惑をかけたが、とりあえず熱はなく解熱剤も飲んでいないので、本日23時59分台にて隔離終了。明日より隔離解除とのこと。「しばらくは健康観察、衛生管理の徹底を」と言われた。

 というわけで本日。久しぶりに外出し、馴染みのパン屋へ行くも月曜は定休日。しかたないのでコンビニへ。そして気付く。動かなければ咳込まないが、外に出ると気温差と振動で咳込んでしまう。ウイルスの排出は終わっていると思うが、しばらくは様子見生活になりそうである。

 以上、コロナ罹患の備忘録である。現在、コロナに罹患すると、かなり面倒なことになる。なんせ確実なホットラインは「病院から保健所へ」だけなのだ。保健所から患者への連絡は5日目だった。おそらく保健所が約束してくれた自宅療養者向けの食品類は届かないまま終わるのだろう。

 保健所が悪いだなんて思わない。医療関係、関連する事務方など、現場はパンクしている。彼らはまさしく、ぼくらの日常を守り助けてくれている。感謝こそあれ批難などあり得ない。

 もし敢えて批難すべき相手があるならば、これらの体制を敷いた政治家である。そして、当然そのような政治家と社会を選んだ我々であろう。大事故なり大厄災がなければ反省できないのが日本人だ。今回のコロナ禍が歴史になったときも、そこから未来へとは踏み出せないのだろう。大きな課題だと思う。

 コロナ罹患の副産物としては、久しく忘れていた論文の書き方を畏友らの助けを借りて思い出せたこと、また自分の本懐なり悲願なり、そんなことについて改めて思う時間ができたことである。

 ということで明後日あたりからは、今月中に〆切を迎える仕事をガシガシと終わらせ、研究もガシガシ進めねばならない。コロナに罹患しようがしまいが〆切は待ってくれないのだ。皆さんも何卒お気をつけください。

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