ウルトラクイズ→クイズバースアール

クイズとの出会い

「クイズやってるよー」そんな母の声に誘われて6歳の私は初めてテレビでクイズ番組を見た。まさかその出来事がその後の自分の人生にこうも影響を及ぼすことになろうとは思いもしなかった。6歳だし。

その番組は「第4回アメリカ横断ウルトラクイズ」
番組のスケールの大きさにただただ圧倒され瞬時に憧れた。

その後はパネルクイズ、アップダウンクイズ、タイムショック、世界一周双六ゲーム、スーパーダイスQなど、クイズ番組はほとんどチェックをしていたが、出場したいと強く思ったのは後にも先にも「ウルトラクイズ」だけであった。(高校生クイズですらそこまでの情熱はなかった)

クイズとは出題するもの

小学生の頃からウルトラクイズの問題を覚えては同級生に出題をしていた。
早押しボタンなどあるはずもなく、机を叩いたり、手を挙げたり、走って回答権を得たり。でもそれで十分だった。

高校2年の時、アメリカ横断ウルトラクイズのボードゲームを手に入れた。それには早押し機がついており、ウルトラクイズサウンドで早押しを楽しむことができた。初めての早押し機。ボタンを押すだけで大興奮だった。
問題集もついていたので以前よりも本格的な出題(今は問読みと言うんだね)をして友達とクイズを楽しんでいた。

ただ私の周りにはクイズを「やる」人はいなかった。だから私は常に出題側でありそれが私にとってのクイズであった。

ウルトラクイズを開催するぞ!

高校3年の時、文化祭でウルトラクイズを開催することを思いつく。
友人に多少手伝ってもらいながらも、企画、出題、運営ほぼすべて一人でやった。(当時作問はまだしておらず、クイズ本からすべて出題)
第1次予選に集まった人数ちょうど100人!体育館での大クイズ大会が始まった。ステージ上の私は完全に留さん(福留功男→ウルトラクイズの出題者)だった。軽快なトークを織り交ぜ大会は大変盛り上がった。準決勝まで進んだ友人が「本当に楽しかった!」と笑顔を見せていたのが嬉しかった。

あークイズはいいなぁ。楽しいなぁ。そしていよいよ来年本物のウルトラクイズに出場できる!

ウルトラクイズに初出場!

浪人中の18歳の夏。12年間待ち続けた夢のウルトラクイズについに参加した。この「第16回アメリカ横断ウルトラクイズ」は福留さんが出題ではなかったのは残念ではあったがそれ以上にウルトラクイズに参加できたことが私にとって何よりの幸福であった。テレビで見たあの興奮!いまその中の人になっていることが夢のようだった。

クイズに関する2つの夢。
・アメリカ横断ウルトラクイズに出場すること
・アメリカ横断ウルトラクイズで優勝すること
のうち1つ目が叶った。
「ニューヨークへ行きたいかぁ!」
「おー!!」
「罰ゲームは怖くないかぁ!」
「おー!!」
自然と涙が出た(方が文としてはよさそうだが実際は出ていない)

結果?ウルトラクイズは敗者が主役らしいのですぐに主役になったけどな!

これでも優勝したことあるんだなぁ

私のクイズ力を知っている人は大体こんな感想を持つと思う。
「初心者というほど全然答えられないわけではないが、経験者というほど強くはない」ピンポーン!正解!!(ほっとけ!)
でもね、これでもクイズ大会というものに優勝したことあるんだなぁ。

昨年の校内ウルトラクイズでベスト6まで勝ち残った後輩が校内ウルトラクイズ大会を引き継いでくれたので、すでに卒業をしていた私は今度は挑戦者として出場してみた。
これが初めてのちゃんとした"答える側"でのクイズだった。
神奈川県の田舎高校の文化祭。インターネットもない時代。クイズの猛者などが他から来るはずもなく、ほとんどが在校生である小さなローカル大会。

第1次予選に集まった人数は50名。優勝しか考えていなかった。
各チェックポイントを勝ち抜け、順調に決勝までたどり着いた。
(問題「テニスで二度続けて/」でギリギリ通過もあったけどw)
決勝戦は1対1の早押しクイズ。10Pで優勝。お手付き誤答はマイナス1P。
それなりに手の調子もよくポンポンとボタンがついたのだが誤答も多かった。相手はボタンは遅いが押せれば確実に正解をするタイプだった。
私の方が相手の倍以上は回答権を得ていたであろう。しかし気がついたら1対9。絶体絶命のピンチだった。
でも押すしかない。前に出るしかない!誤答を恐れず押しまくった。
結果は10対9で優勝。大逆転だった。

「クイズを"答える"のってめちゃくちゃ楽しいじゃん!」
「よし、もっと勉強して来年のウルトラクイズはがんばるぞー!」

6歳からの夢が砕けるとき

校内ウルトラクイズ優勝の興奮も落ち着き、浪人中の私は大学受験に向けて塾で勉強をしていた。休み時間中に仲良くしていたある先輩が近づいて来た。その先輩からの一言で私はこれまでにない衝撃を受けることになる。

「ウルトラクイズがなくなるってよ」

そんな馬鹿な?うそだ!ウルトラクイズがない人生なんて・・・。
俺はなんのためにクイズをやってきたんだ?夢だったのに!ニューヨークに行きたかったのに!もうクイズをやる意味がないじゃん!

その日以来私はクイズを「やめた」

空白の30年

ぽっかりと心に穴があいてしまった。
それまで熱中していたクイズ番組は見なくなり、クイズ本を買うこともなくなった。早押し機やウルトラクイズのビデオですら押し入れの奥にしまってしまった。

バドミントン、サッカー(GK)、ピアノ、ゲーム、自転車、麻雀、カラオケ
私はそれ以降ずっと、たくさんある趣味でその穴を埋めようとしていた。そのおかげかすっかりクイズのことを忘れるような日々が続いた。

一度だけ「ウルトラクイズ」が6年後に復活したことがある。もちろん参加して今度は3問目までいった。楽しかったけれど、もう情熱が戻ってきていないのを感じた。6年は長かった。

最近は会社の新人研修のアイスブレークとして早押しクイズをやったり、新歓などのイベントでクイズ大会を開催していた。ここ数年はたまに作問もしている。あれから30年近く経ってようやく今までのクイズ経験を生かそうと思えるようになってきた。
みんなが楽しそうにクイズをしている姿を見るといいなぁ。と思えるようになってきた。クイズというツールがこんなにもコミュニケーションの役に立つなんてと。

クイズバー「スアール」

ある日スマホのニュースを何気なく見ると「クイズバースアールオープン」との記事が。クイズをやる場所として「ソーダライト(名前は知らなかったけど)」の存在はぼんやり知っていたが行こうと思うまでには至らなかった。ただ、今回バーが好きだった私はクイズ"バー"という文字に心が惹かれていた。
元々一人で行動するのも好きな私はオープン2日目。1人でスアールの扉を叩いた(実際は叩かないけど)

そこにはあの憧れだったウルトラクイズと同じ形の早押しボタンがあった。
緊張で胸が高鳴る。このボタンを押せるのか!
問読みは、ゆり姉。久しぶり過ぎるクイズに慎重になり、分かっていてもなかなかボタンが押せないorつかない。えーい勇気を出していくぞ!
ピーン!「はい、ととろさん!」「エベレスト!」ピンポーン!正解!
30年ぶりの早押しクイズの正解だった。
その瞬間30年間忘れていたクイズへの想いが蘇ってきた。

「あぁ俺はクイズが大好きだったんだなぁ」

新しいクイズとの付き合い方

私の夢はあくまでも「ウルトラクイズ」だったし、今から競技クイズを極めたいと思うほどの情熱と時間はありません。(さて、急に敬語になる)

それでもやっぱりクイズが大好きだったということを「クイズバースアール」が思い出させてくれました。それがたまらなく嬉しい。

ラングレーちゃん、シャコンバちゃん、イーニア君、DJコミュニティさん、ももさん、(辞めちゃったけど)いなみちゃん、モト子ちゃん、成瀬ちゃん、ゆり姉、狂月ちゃん、鶏皮君、にこちゃん。
その他まだあまり会ったことのないスタッフ、そしてスアールを作ってくれた裏方さんたち。

本当にありがとうございます。
みなさんのおかげでクイズの楽しさを思い出させてもらいました!
みんな大好きです!

「ウルトラクイズ」→「クイズバースアール」
時代は過ぎてしまったけど私の中のクイズの灯は形を変えてまた輝きはじめました。夢に向かってのクイズではなく、日常を彩る楽しいクイズ時間。
そんなクイズを今後も楽しんで、そして色んな人にこの楽しさを伝えていきたいと思っています。

ここまでお読みいただきありがとうございました。
またクイズバー「スアール」でお会いした時はよろしくお願いします。
あ、お手柔らかに。私初心者なので!!

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