本当の専門家と偽の専門家

[羽田衝突事故「海保機に非搭載だった」と海外メディア報じる装置とは 欧米で義務化 日本は事故後も“沈黙” | 乗りものニュース](https://trafficnews.jp/post/130415

1月2日に起きた、日本航空516便と海上保安庁機の衝突・炎上事故に関して、各国の航空行政と航空産業を調査するフリーのアナリストと称する方が「乗りものニュース」に投稿した記事が、1月15日にYahooニュースに転載され、反響を呼んでいるようです。

しかし、この記事の内容にいくつかの疑問を呈したいと思います。

記事の骨子は、以下の2点です。
①欧米で搭載が義務付けられている警戒装置を海上保安庁機が搭載していなかったから起きた
②海外メディアにはこの点が報じられているのに、国内メディアは触れていない
として、海上保安庁や羽田空港を所管する国土交通省に対して批判的な内容になっています。また、日本国内メディア批判の常套句「国内メディアは触れていない」を使い、なんらかの陰謀があるかのように匂わせています。

案の定、これに反応してYahooのコメント欄は、
・海上保安庁や国土交通省の怠慢が招いた
と断ずるコメントが渦巻いています。

しかし、まず最初の疑問は、本当に「海外メディアにはこの点が報じられている」のでしょうか。
どこにもソースを表示していないのですが、これはおそらく、1月2日のアメリカの全米向け日刊新聞USA Todayの以下の記事だと思われます。(ちなみにUSA Todayは天気予報、 スポーツの結果や主要ニュースを網羅しただけのもので、 文章が簡易で深みもないと言われている新聞です)

この記事の中に、このような一文があります。

It will take time to determine the cause, investigators said. The Coast Guard plane was not equipped with a modern ADS-B transponder, according to Flightradar24, an international flight-tracking service.

USA Today 2023/01/02

翻訳すると、
「原因究明には時間がかかるだろう、と捜査当局は述べた。国際的な飛行追跡サービスであるFlightradar24によれば、海上保安庁の飛行機は、最新のADS-Bトランスポンダーを装備していなかった。」
と書いてあります。
この「Flightradar24によれば」はFlighradar24の公式X(旧・Twitter)を指しており、そのツイート(※筆者注・Xと書くと仕組みなのか、言った内容なのかわかりにくいので、前の呼び方を使います。)には

The Japan Coast Guard aircraft is a De Havilland Canada DHC-8-315Q MPA with registration JA722A

https://flightradar24.com/data/aircraft/ja722a…

It was not equipped with a modern ADS-B transponder.

https://twitter.com/flightradar24/status/1742136715253313938

とあります。訳すと、
「海上保安庁の飛行機はJA722Aと登録されているDHC-8-315Q MPAである。 最新のADS-Bトランスポンダーは搭載されていなかった。」
とだけ言っています。

Flightradar24は、民間航空機のフライト情報をインターネット上で追跡するサービスです。ADS-Bトラスポンダーと呼ばれる装置から発せられる信号を解析して、航空機の位置情報をリアルタイムで表示します。ここで注意が必要なのは、全ての航空機が表示されるわけではないことです。
各国の要人の乗っている機や軍用機などはほぼ表示されません。またADS-B装置を搭載していない飛行機は当然のことながら表示されません。

ツイートは、あくまでも以下の2点を説明しているに過ぎません。
・Flightrader24アプリで海上保安庁機が表示されていなかった。
・最新のトラスポンダーは搭載されていなかった
何故、このような内容のツイートをしたのかというと、事故発生当時、多くのユーザーがFlightradar24アプリを確認した際、JA722Aの記録が無かったということが話題になっていたからである。それについてFlightradar24の公式Xが説明したのです。
確かに海上保安庁機には最新のADS-Bトラスポンダーは搭載されていませんでした。しかし、そのことが事故の原因であるとは一言も言っていません。

さらに、USA Todayの記事を全部読んでも、「最新のトランスポンダーが搭載されていなかった」のが事故の原因である、とは一言も書いていません。強いて言えば、文脈上、読もうと思えばそのように読める、ということです。

このUSA Todayの記事に反応したのか、ITビジネスアナリスト深田萌絵氏は
「海保機に最新のトランスポンダーが搭載されていなかったために、GPS情報を出して滑走路にいることを発信していなかったとアメリカで報道されている。」
と、いかにも技術に詳しい立場のように発言していますが、この方の技術説明、毎度のことながら結構間違ってます。またお得意の“アメリカで報道されている”なのですが、この人は本当に業務レベルの英語を使うのでしょうか?

次の疑問は、記事の書き手はADS-Bトランスポンダーがどのような装置か理解しているのか、です。(これは深田萌絵氏にも言えることです。)
ADS-Bトラスポンダーは現在の位置と高度を確認、表示することによって、空中衝突を防止するためのシステムです。時速数百キロで飛行している航空機がGPSなどによって自分の位置と数十キロの範囲にいる他の航空機の位置や速度などを把握し、共有します。

つまり、地上にいる航空機の位置関係を示すものではないのです。1000フィート以下、つまり高度300m以下では(衝突)回避指示は出ないし、また地上にいる機体は対象にならないのです。そうでないと、着陸や離陸というパイロットが最も注意を払っているタイミングで、空港にいる全ての航空機が近接しているという警告アラームが鳴り響くことになってしまうからです。

GPSでは、地上に航空機が密集している空港で、互いの位置関係は正しく把握できません。これはFlightrader24の表示がまさにそれを示していて、そのためJAL516便は他の航空機に衝突したと強弁する陰謀論者も出現しています。

つまり、世間の耳目を集めている記事は、
①USA Todayの記事の内容を本当に理解しているのか
②ADS-Bトランスポンダーの仕組みを理解しているのか
と言う2点が、とても怪しいのです。
そして、結論として、ADS-Bトランスポンダーの搭載の有無が、今回の事故の原因であることはあり得ません。

アナリストの方の記事は、以下の文章で結ばれています。
「ICAO(国際民間航空機関)では、モードSとADS-Bの両装置とも基準を定めて各国に普及を呼び掛けています。そのようななか、日本はICAOの理事国、それも国連でいえば常任理事国に相当するPart I理事国のメンバーなのにもかかわらず、自国内における衝突防止対策はかなり遅れていると言わざるを得ません」

誤読と見識不足による間違った内容の記事は、まさに岸田首相の言う
「事実に基づかない投稿が散見されています」にあたるのではないでしょうか。
多弁な偽の専門家ではなく、雄弁な本当の専門家でありたいものです。

最後になりますが、亡くなられた海上保安庁機のクルーのご遺族の皆さまに心よりお悔やみを申し上げます。
そして、頑張ったJALのクルーの皆様、本当にご苦労さまでした。
(※某誌の情報で、搭乗していたCAさんの半数が新人だったとありましたが、訓練生が一人前の客室乗務員になる見極め、チェックアウトを経て2~3ヶ月の新人は実際には4名でした。)

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