美味しい感じ

1人の朝の空港はなんだか心細い。搭乗の1時間半前に着いて、チケットを発券して、うろうろして、空腹でもないのにサンドイッチとか食べて。これあれだ、喪服の代わりになるようなワンピースとか、靴とか、ストッキングを探して回るあの感じに似ている。欲しくもないのに、必要な手順を踏まないといけなくて、それができて一人前みたいな。カフェに座って、アイスコーヒーと温かいサンドイッチを食べながら、本を持ってくるのを忘れたことに気がつく。飛行機に乗るってのになんたる失態。ソファーのうしろにディスプレイみたいに並べてあった本をてきとうに取って時間を潰す。『南風食堂のホールクッキング』というレシピブック。空腹じゃなくても、上の空でもレシピは読める。本編の前に、見開きで作者の挨拶があった。311の震災の頃作っていた本だということ。誰と、どこでなにを食べるか考える期間になったこと。誰かが育てたのか、勝手に育ったものを誰かが運んできて、手を加えて、自分とは別の宇宙を持つ誰かとそれを食べる。とにかく、それでも食べること。美味しいという感じの、原始的で、幸せなひとときに、この本が関われたらというような締めくくりに、思わず涙してしまう。そうこうしてるうちに時間があまりないことに気がついて、慌ててサンドイッチとアイスコーヒーを詰め込む。とにかく食べる。死を弔うために、生きている人に会いに行くなんて悲しい。でも行かないと。やりたくない手順だって踏んで、とにかく生きていかないと。搭乗口に並びながら、この飛行機もしやピカチュウのラッピングかもって思う。乗っていると見えないけど、でもピカチュウだったらいいな。空飛ぶピカチュウに乗って、慣れない電車に乗って、自分に関係のあるらしい誰かに会いに行く。

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