SS イルカの浜 【春と風】 #シロクマ文芸部
春と風の季節になると、ついぼんやりと海を見たくなる。弟が戻ってくるとは思わない。
「姉さま、いってきます」
「ご無事をお祈りしてますよ」
防人になるために漁師の弟は連れて行かれてしまう。何年も何十年も現地で、敵から国を護るために、一人さびしく暮らしていると思うとかわいそうだ。
「また海を見ているのか……」
「つい弟の事を考えて……」
夫は同じ村の漁師で、やさしい人だ。私は幸せだと思う、そう思いたかった……
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青い空の雲が早く流れている。春先の風が強いせいで帆は大きくふくらみ、とても早く船が走る。村に帰れると思うと心が浮き立つ。
「うれしそうだな」
「姉が待ってます」
すっかり大きくなった弟は、たくましい男になっていたが、眼はまだ子供のように輝いている。漁師として優秀で比較的に楽に暮らせていた。銭もたまると姉へのみやげを都で買う。
遠浅の浜に船をつけると土産を頭に乗せて泳いで村に戻るが……村はあとかたも無い。
村人がいないか探し回ると、姉が壊れかけた小屋で座っていた。
「姉様、村はどうしたんです」
「津波よ……、みんな死んだわ」
弟は土産を、姉に渡すと呆然と浜に戻る。仲間は待っていてくれたが、自分は残ると決めて彼らを帰した。それからは姉と二人で暮らす事にした、家を建てなおし壊れた船を修理して、網を作り魚を捕まえた。幸せだった。
ある日、網に小さなイルカが捕まっていた。クィクィと鳴くイルカは、必死に助けを求めていたが、食べるために殺した。
「姉様、今日はごちそうですよ」
姉はどこにも居ない。必死で探した、対岸の隣村まで探しにいくと、そこの漁師が驚いている。
「あの村は、津波で全滅した筈だ……」
その地方には伝説がある、海で死ぬとイルカに生まれ変わる。姉がそうだったのかは判らない。弟はそのまま姿を消したが、その近海では、海面から顔を出してクィクィと浜にむかって鳴いているイルカをよくみかけた。
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