創作民話 ひとくいやど

中年とおぼしき男女が田舎道を急ぐ
「あんた、まっとくれ疲れたよ」
「早くしないと捕まるぞ、山を越えれば仙台藩だ」
むかしの犯罪者は、国境を越えれば追っ手から逃げられました。
この男女は夫婦でもないようです
「あんたは、美しい客だとすぐ手をつける」
「うるせえな、金持ちと見れば容赦しない、お前のせいだ」
もう夜半です、月明かりだけで峠を越えます
峠で一息つくと下の方に家の灯りが見えます
「よし今日は、あそこをねぐらにするか」
男はふぅふぅ言いながらも、安堵している
「家の者を、どうすんだいあんた」
女が小ずるそうに男を見ています
「様子を見てからだな」
自信ありげに峠を下ります。
この男女は何をして逃げて居るのでしょうか
男が灯りのついた家の前につくと、玄関を静かに叩きます
「ごめんもうし、ごめんもうし」
「誰かおらぬでしょうか」
灯りはついていますが、人の気配がありません
コトリとも音がしません。
「今は留守じゃないの」
女がつぶやき、戸を開けますと
すると囲炉裏には、一人の老人。
ちょっと驚きましたが、猫なで声で老人に近づき
「今日は遅くに峠を越えまして、泊まるところもありません」
「一晩だけ囲炉裏で、寝かせていただけないでしょうか」
老人は、ちらりと女をみると、黙ってうなずいた
男も腰を低くしながら入ります。
老人は一言もしゃべりませんが、鍋の煮物を椀にすくって
二人にさしだします。
「ご老人、この家には、あなたさま以外は誰もおらぬのでしょうか?」
にやついた顔で、男が聞いた
老人は黙ってうなずくと、同時に男は薪割り鉈を
老人にふりおろしました。
「あんた、中でやるんじゃないよ、外に連れ出しな」
怒鳴りながら掃除しています
「よし次は、この宿で商売をするか」
この男女は、宿屋をやりながら、客を殺して金品を奪う
恐ろしい羅刹のような悪党なのです
このような宿は「ひとくい宿」とも伝えられています。
前の宿でしくじり、ここまで逃げてきたのでしょう。
「かなり広いし、普通に宿屋をしても儲かりそうだね」
女は心にも無い事を話しています
囲炉裏で、座って飲み食いをしていると
戸が叩かれます、男が開けると
頭が牛、体が熊のような化け物が居る。
まず男を捕まえて、頭からばりばり
あっけにとられた女も逃げる暇も与えずにばりばりと食べると
満足そうに囲炉裏に座わります。
みるみる老人の姿に変わると黙って薪をくべはじめます。
因業の果てか、悪党は本当のバケモノ宿に行き着いたようです。

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