SS 怪談:深夜のタクシー【#始まりは】 #シロクマ文芸部
始まりは深夜の怪談の話をふった事……
「なんか怖い話はないですか」
「怖い話ですか……そうですなぁ」
終電を逃がしてタクシーを探していた時に、都合よく黄色い車体に乗ることができた。くたびれた車に感じるが早く家に帰れることだけで安心する。
「髪の長い女性とか乗りますか?」
「ありますよ、水商売のお客さんとか乗せます」
真面目なのか怪談話に乗ってこない白髪の運転手は前方を凝視しながらハンドルをいきなり切る。
「うわ、どうしました」
「ほら、お客さんです」
前方に白いワンピースの女性が立っているが腕を垂直に上げてまるで人形のように感じた。運転手はふりむきもせずに小さな声で承諾を求める。
「こんな深夜ですから、相乗りでお願いします」
「……ええ、いいですよ」
後部座席のドアが開くので自分は右に寄ると年齢は四十近いが整った顔のさみしそうな女性が乗りこんできた。
「運転手さん、ごめんなさいね」
「いえ、いいですよ。どこまでですか」
ほんのりとお線香のような抹香臭い感じもするが疲れているので気にしない事にした。彼女は運転手に行き先をつげると病院だった。しばらく車内は無言の時間が流れるが、彼女が運転手に自分と同じ話題をふる。
「なにか怖い話はありますか」
「そうですな……よく幽霊を乗せます」
「やっぱりあるんですね」
「ええ、女性だったり男性だったり色々です」
「最近だと、どんな人ですか?」
「ついさっき乗せました、まだ横に座ってますよ」
彼女は俺の方を見るが見えていないのか、運転手にふふふと笑う。
「怖かった、運転手さんは本当にお上手ですね」
「南無阿弥陀仏」
運転手がお経を唱えると彼女はすっと消えた。
「……なんですか今のは?」
「時々乗せますよ、常連さんです」
「お経で消えるんですか」
「彼女も幽霊になってから長いですから、引き際が判るんですよ」
運転手は車を路肩に止めると紙を渡される。領収書かと思って文句を言う。
「まだ家じゃないです」
「ああ、これは経文を書いたお札です」
確かに白い紙に草書体の文字と赤い印が押してある。
「これを持って帰りなさい」
「……どこへ?」
「黄泉の国へ……」
強引に手渡されると、いつのまにか職場のビルの前で立っている。そうだった、おれはついさっき過労で心臓が止まったのを忘れていた。自分の家に帰りたいと願ったのに、職場から離れられないのは地縛霊だからかな。俺はこれからどこへ行けばいいのか迷いながらタクシーが来るのを待つ事にした。
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