SS 崩れた蔵【冬の色】 #シロクマ文芸部
冬の色はモノクローム、雪があつくふりつもり外界の音を吸収する。車が走ることも難しく、たまにじゃりじゃりと鉄のチェーンの音が響く。
玄関から外に出ると古い蔵が左に見える。雪の重さで壁が崩れていた。どれくらい昔に建てられたのか判らない。蔵全体が黒く、その上に真っ白な綿のような雪がふりつもる。
「みっちゃん、お手伝いして」
母の声だ。私は蔵を横目で見ながら家に入ろうとして、蔵から誰かに見られていると感じる。
「おかあさん、蔵に何が入っているの」
「もう何もないのよ、空っぽなの」
「どうして」
「元から空なのよ」
「不思議ね」
「……そうね」
母から大根を切るように言われて皮をむく。今年は大豆を煮て味噌を作るのだろうか。最近は、お店で買うようになった。
「蔵に誰かいる?」
母はすっと冷たく、こわばるが一瞬だ。
「誰も居ないよ」
「誰かに見られたような……」
「気のせいよ」
淡々と夕飯の支度をしながら母の顔を見ると歪んでいた。泣いているような怖がっているような、不思議な顔だ。
夕飯をすませてコタツでマンガを見る。うつぶせで肩まで入って至福の時を過ごす。どこかでジャリジャリジャリと音がした。車のチェーンだ。
ジャリジャリジャリ
ジャリジャリジャリ
近づいていると思うが、家は坂道の上にある。車は入れない。チェーンの音がうるさく響くが、ぴたりと止まる。蔵の方だ。
興味本位だった、音の正体を知りたい。コートを着込んで真冬の屋外に出ると、息を吸うだけで肺が痛い。寒く冷たく静かで音が無い。雪が舞っている。
「だれかいる?」
自分にしか聞こえない声でつぶやく、ジャリジャリジャリと音がする。蔵の方で鎖の音が聞こえる。私はすぐ家に戻った。
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「蔵が潰れたの?」
「雪の重みでね」
ひさしぶりに故郷に帰ると白髪がまじる母は、ほっとしたように話す。古い蔵は町から重要伝統的建造物として保存を望んだが、断った。
「なんで? 古いから大切にしないと」
「アレはダメなの」
「何が?」
「アレは罪人を入れる蔵なの」
「刑務所なの?」
「もっと恐ろしい所……」
母が最後の目撃者だ、鎖につながれた罪人が蔵に入ると二度と出てこない。ただ罪人を入れるだけで、食事も出さない。
「そんな……、地下でもあるのかな」
「そんなものは無いのよ、壁土に変わるの……」
一度だけ母は中を覗いた事がある。うめく声がするので椅子を使って蔵の扉にある小さな窓から中を見た。
「壁に顔が張り付いてたの……」
後で親からお仕置きされた。蔵は人を食わなくなってからは、崩れるのが早かった。
「そっかぁ……」
蔵のあった場所には、もう何もなかった。ただ蔵があったと思われる縁石だけが残っている。私は縁石に白いモノを見つけると座って、観察した。
「歯ね……」
よく見れば奥歯や前歯が縁石に混ざっている。私は石に触れてみた。
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「みっちゃん、みっちゃん、どこに居るの」
心配そうな母の声が遠くから聞こえる。
ジャリジャリと小さく鎖が鳴った。
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