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SS 返し【短歌物語】#青ブラ文学部

 ひたひたと誰かがついてくる。ふりむくと誰も居ない。気のせいと思いながらも不吉に感じて陰陽師おんみょうじを訪ねる。男は正六位の役人だが下級だ。

「ごめん たれかおるか」
 下男が来ると思ったが、頭髪がかむろの女児が歩いてくる。無表情なまま、奥へ導くように進む。

「ここで待てば良いのか」
 女児が無言でうなずくと広い板敷きの部屋に招き入れられた。板の上でしばらく待つと音も無く陰陽師おんみょうじが部屋に入る。

「御用件を」
「かくかくしかじか、妖物ようぶつにでもたたられたかと」
「最近、貴方は歌をみましたか」

 予想外の質問に驚きながらも、懸想けそうする隣家の娘に歌を渡したと答えると、陰陽師おんみょうじはうなずきながら、歌を詠んだ木簡もっかんが捨てられたのでしょうと答える。

「すると木簡もっかんが歩いて戻ってきたと」
 なら安心と思ったが陰陽師おんみょうじは神妙な顔をして、呪いを書いて捨てたのでしょうと答えた。

「娘にそれほど嫌われましたか」
「呪いを返すために歌をんでください」

 役人は木簡もっかんを渡されると即興そっきょう
(思い人 愛しきひとに そでにされ いらぬ思いは ゆめとわすれる)

「もう隣家の娘に興味はありませんか」
「ありません、嫌いなら嫌いと返歌へんかをしてくれれば」

 下級の役人ごときに歌をまれて憎まれたのだろうと笑いながら料金を払い、木簡もっかんを家の門の所につるした。

 翌日になると、木簡もっかんが隣家の布団で見つかるが、代わりに門のところで娘がつるされている。


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