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SS 儀式 【珈琲と】 #シロクマ文芸部

 珈琲とゆで卵を注文する。朝の定番だ。古い喫茶店は静かで心が穏やかになる、喫茶店の名前が入った紙マッチを手に取ると「シナモン」と店名が印刷されていた。シナモンを入れた珈琲も飲みたくなる。

 マッチをすって煙草に火をつける、紫煙を楽しみながら、ガラスの灰皿に煙草を置く。時間はまだある。

「おまちどうさま」

 まだ十七歳くらいのウェイトレスは、ポニーテールで健康的な肌をしている。こんな娘が居たらと思うと亡くなった妻を懐かしむ。

 エッグスタンドのゆで卵は、すぐに食べられるように殻がない、スプーンを手にとり食塩をふりかけて口に含むと塩辛いが甘くうまみを感じる黄身を楽しめた。

 珈琲をのみ外に出かけるつもりだ。この朝の儀式は自分に必要だ。

 腕時計を見ると少し遅刻かな? それくらいの時間でいい、椅子から立ち上がると紙の会計伝票をつかむ。小さくイラストが描いてある、おさげの女の子がまたきてねと手をふっている。

 店内のメニューにナポリタンと書かれていた。食べてみたくなる。ケチャップだらけの焼かれたスパゲティ。懐かしい味を思いだす。

「また、いらしてください」

 ウェイトレスが、かわいく笑う。そうだな、またおとずれよう。きっといつか来ると思う。

 会計をすませてドアを開ける、チリンチリンとベルが鳴った。喫茶店の外は真夏のように暑い、広々とした世界は無限に青空が広がっていた。とても気持ちのいい一日になりそうだ。

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「ご臨終りんじゅうです」
「お父さん!」
 病室で嗚咽おえつが静かに漏れる。奥さんや孫が泣いているようだ。看護婦があわただしく出て行く。家族に見まもられて亡くなる老人は幸せに見えた。

「朝飯は、まだかな……」
「吉田さん、ごめんなさいね。隣の林さんが急変して朝からバタバタしてて」
「いいよ、気にしてない」

 看護婦が朝食をサイドテーブルに置くといそがしげにベッドを行き来している。病室から見る窓の外は、きれいな青空だ。朝の夢を思いだしながら、自分を悲しんでくれる人は居ないと思うと少しだけさみしい。でも、あの夢を見ながら死ねるなら幸せだ。

「ナポリタンは、病院じゃ無理か……」
 少しだけ残念。

#小説
#シロクマ文芸部
#珈琲と
#ごくありふれた夢落ち


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