私を見て【#花吹雪】 #シロクマ文芸部
花吹雪が地面に落ちるまで舞い続ける。美しい桃色の花びらは晴天の青い空を、赤く染め上げた。
「帰ってくるの……」
「立派な侍大将になる」
若い雑兵は、ろくに鎧もなく刀もサビだらけだ。それでも功名心が高いのか明るい笑顔で、若い娘はさみしげに彼を見送る。桜が散る頃の話。
女は待ち続けたが、ついに帰らずに桜の樹の下で眠る。気がつくと自分は桜に生まれ変わる。
(私も生まれ変わるなら、いつかきっと彼も……)
何年も何十年も何百年も待ち続ける。春になれば、豊かな桜の花びらを盛大に散らした。美しい桜を見るために近隣の住民が来るほどだ。
(いつか……いつか……)
侍の時代が終わり、兵隊の時代が終わり、国が栄えた時代が終わる。それでも待ち続けた……そして彼女は力尽きる。
(私はもう寿命……)
桜の大樹の周りに人は集まる。
「この木ですね?」
「老木だ、チェンソーで切り倒してくれ」
公園の桜は、倒木の危険から切り倒されそうになる。彼女は最後の力をふりしぼる。
(あなたに会いたい、世界のどこかに居る、あなたに会いたい……)
桜は散る、とてつもない花吹雪がまきあがる。近所の住人が出てきた、みなが彼女を見る。
(もっともっと……)
恐ろしいくらいに桜の花びらが散る、足下を埋めて、足首を埋めて、腰を埋めた。
恐怖で作業員が近づこうとしたが……、すべて桜の花で窒息する。彼女は……成層圏にまで花を散らす。世界のどこかに居る男のために、最後の力を振り絞って、天空を花びらが埋める。
「緊急ニュースです、日本で発生した桜の花の量は、核の冬クラスの数千億トンにもなり、氷河期の発生が懸念され……」
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