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SS 恋しい人 【梅の花】 #シロクマ文芸部

 梅の花の赤い花が挿してある。玄関先の竹筒に、いつしか梅が挿してある事に気がついた。長安に来てから一人で暮らしで知人は居ない。

(誰だろうか……)

 朝に竹筒から抜いて部屋に飾る。美しい赤い梅の花は良い香りで部屋を満たしてくれる。

(こんな事をするのだから、どこかの町娘かな)

 故郷から遠くに出稼ぎに来てから孤独の毎日だ。こんな梅の花だけでも、毎日が楽しく過ごせた。

「周礼、どうした」
「なんでもないです」
「やけに嬉しそうだな、女でもできたか」

 職人仲間からからかわれる。絵を描く周礼は、まだ見習いで簡単な絵を描いて売っている。縁起物というだけで、売れるのだが描きたい題材ではない。

(早く上手になって独り立ちしたい……)

 その日は散策で絵の題材を探していた。ある屋敷の前まで来ると梅の匂いがする。かなりくたびれた屋敷なのか壁が崩れている所があった。そこから庭を見ると梅の木が植えてある。

(これは立派な梅だ、描きたいな)

「もし、そこのお方……」

 ふりむくと幼い少女が長い袖の着物でちょこんと立っている。両腕を組んで周礼におじぎした。

「お嬢様が、あなたと会いたいと申してます」
「この屋敷の方ですか?」
「はい、冬梅様です」

 門に回って屋敷に入ると、赤いかんざしをつけた妙齢の娘が立っている。

「ごめんなさい。あなたを壁のくずれた所から見かけました」
「もうしわけありません、立派な梅の木と思いまして」
「これもご縁でしょう、お茶を点てましょう」

 夕刻までに周礼と冬梅は相思相愛そうしそうあいになる。帰ろうとすると泊まっていくよう誘われた。

「私は、あなたの事を前々から知っておりました」
「……そうなんですか、少しも知りませんでした」
「だから梅の枝を毎日のように届けさせました」
「あの梅はとっても良い香りでした」
今宵こよいは、寝所を供にいたしましょう」
「冬梅……、私もあなたを……」

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「周礼もかわいそうにな」
「ここらじゃ有名だったのにな」

 梅の枝が届けられた時は、すぐに宿替えをしないと殺される。周礼は自室で体に挿し木された梅の枝で埋もれていた。そこに咲いた梅は真っ赤でとても美しい。

#シロクマ文芸部
#梅の花
#怪談


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