『たまごの祈り』㊽

 本当に、自分の作ったものを人前に並べることになるとは思わなかった。
 目に入るのは、天井に向かって伸びていく様々な形の手だった。誰かのものがモデルになった手たちはそれぞれに、パステルのブルーだったり、鮮やかなグリーンだったりして、何かを掴むような、慈しむような、それぞれに優しいかたちをしていた。そしてその手の中に、私の作ったたまごは、あたかも以前からそこにあったように、自然に、横たわったりそっと置かれたりしていた。
 会場のまんなかに据え置かれた大きな手の中に、私の作った大きめのたまごが乗っかっていた。祈るようなかたちのその手の中に、閉じ込められて暖かく守られるようなかたちで、私のたまごはそこにいた。
 関節ほどから上に伸びる手のふもとにはそれぞれに、モデルになった人物のイニシャルと作成時期が載っているタイトルが付けられていた。しかし、真ん中の大きな手には、ただ「祈り」とのタイトルがあるのみで、誰がモデルなのかはわからなかった。
 でも、その手は、きっと柳の手だった。

 今村くんはフライヤーを配りながら場外に呼び込みに行っていて、柳はアルバイトでこの時間は来れないということだったので、私が場内で受付と店番のようなものをしていると、透子がきた。本当に来るとは思っていなかったので少し驚いた。
「会場、よくわかったね」
「今村にきいたの、昨日連絡来て、会場教えてくれたんだ」
「へえ、連絡先知ってるの」
「うん、知り合ってからもう三回くらい会ってるし」
「なにそれ、私知らないんだけど」
「今村、あいつ童貞だったんだね」
「は」
「片思いしてる女の話親身にきいて、ちょっとご飯食べた後ホテル行ったらさ、すごい挙動不審だったのね。問い詰めたらすぐ吐いたわ」
「え」
「なに、蒼衣にはちょっと過激な話すぎた?ごめんごめん」
 からからと笑う透子を目の前に、私は呆れてものも言えなかった。たぶんものすごく阿呆な顔をしていたと思う。今村くんの言っていた愛とは、運命とはなんだったのか。都合良くかわいい女が現れたらこうも簡単に崩れ去る運命だったのか。私はあの日の救済の涙を返して欲しいと思った。それとも、あの日大学のテラスで隣に座った透子が、新たな運命の人だと思ったのだろうか。
「透子は今村くんのことが好きなの?」
「まさか。でも人間としては嫌いじゃないな、話もまあ面白いし」
「なるほど」
 今村くん曰く、恋愛も人間愛の一部なので、それなら利害関係が一致しているのかなと思って、なんとなく納得した。
「それより、アクセサリーの予約しに来たんだけど、どうすればいいの」
「ああ、えっと、名前と電話番号と住所を書いて、イヤリング予約希望ってこの半券に書いてあるアドレスに送ってくれればいいよ」
 私は、透子と今村くんからアドバイスを受けて、来場者を対象にハンドメイドのイヤリングを受注販売することになっていた。見本品を三つほど作ってあり、注文を受けてから制作に取りかかるのでリスクも少ないかなということで、やってみることにしたのだ。この日はすでに五人ほどに予約を貰っていた。小さめに作ったたまごのイヤリングが、少しでも売れるほどのものとは思わなかったので、純粋に驚いていた。
「それにしても、すごいというか、気持ち悪いけど神秘的というか、なんかすごいね、今村も蒼衣も。翔太郎のポストカードも売れてんでしょ」
 透子が辺りをぐるっと見回しながら言って、ちょっとあっちの方見てくるわ、といって、受付を離れていった。自分の作品も並んでいる空間に透子がいるのが、なんだか不思議な感じがした。それ以外にも、自分の知り合いではない人が展示を見に来ていること自体変な感じがして、耳に水が入ったときみたいに音がぼうっとして、この世に居るのではないみたい、と思った。

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