『たまごの祈り』⑰

「じゃあなんでお前ら一緒に住むんだよ」
 直也くんが当たり前のように疑問に思うのは私にもよくわかった。私は柳を無根拠に信頼していて、特に一緒に住むことには抵抗がなかったのだけれど、交際などの理由がなく男女が同居をするのは変だと感じられても仕方がなかった。
「別にいいだろ、生活費もちょっとは抑えられるし、伊田が嫌じゃなければ」
「うん、私は嫌じゃないし、お風呂とトイレ別々だし、部屋は前の家より広いし」
「へえ、二人ともあっさりしてんのな」
 直也くんが不思議なものでも見るように言って、すこし柳の顔をのぞき込みながら、すこし低い声で、やなぎん、お前っていっつもそうだよな、と言い、そのまま緑茶を一気に飲んで、頭の後ろを乱暴に掻きむしった。
「まぁね!二人がいいなら俺は止めねえけどさ!伊田ちゃん、こいつのこと嫌になったらいつでも俺んとこ来てくれていいからね、こいつ鈍感なせいで無神経なとこあるから」
「直也、あんまり伊田を困らせるなよ」
「やなぎんこそ捨てられないように気をつけろよ」
 ほんとやなぎんは隅に置けねえなぁ、と言いながら直也くんはにんまりと笑って、意味ありげに私たちを交互に見ながらまたスナック菓子を食べた。楽しげで調子のいい人だなあと思った。柳と直也くんは、高校時代からずっとこんな感じで仲良しなんだろうかと思うと、高校から一緒だったのが羨ましいなと思った。私は、私と出会う前の柳がどんなだったのかを、全く知らないのだった。
「そうだ、伊田にまだお金返してないじゃん、代わりにライブのチケット代俺が出すよ」
「え、悪いよ」
「おれは元々見に行く予定だったし、寒いのにコンビニまで行ってくれたから」
「そうだよ、やなぎんの厚意に甘えとけって、人間甘えられるところで甘えとかないとダメになっちゃうよ?」
 それにデート代って男が出すもんだし、と茶化す直也くんに、鬱陶しそうにお金を渡す柳はなんだか高校生みたいで可愛かった。白く透き通った肌の色に、すこし寝癖の付いたままの柔らかな髪が、ブレザーの制服によく馴染むだろうなと、柳の細い指先を盗み見ながら思った。
 私は熱帯魚になって水槽の中からゆらゆらとぼんやり見つめるように彼らのやりとりを見ていた。耳の中に水が入ってるみたいに、現実の音をすこし遠くに感じた。まるきり高校生のように仲睦まじい彼らは、彼らが培ってきた彼らだけの空気をまとい、私は水の中にすっぽり浸かってそれを見ているようだった。不思議と居心地は悪くなかったので、岩や水草や上ってゆく空気の塊の隙間から、揺れる彼らを私はいつまででも眺めていたかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?