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Half time Old「愛の真ん中」に思うこと

Half time Oldに突然ハマった最近です。

彼らの歌詞は本当に美しいなと思うのです。

心の葛藤や機微を絶妙に捉えている言葉の数々には尊敬の念さえ覚えます。

とはいえ、私もアラフォー。

若い時に思っていた葛藤と今はそうでもない葛藤と、未だ捨てきれない思いとでかなり解釈は異なるとは思いますが、今日も少しHalf time Oldについて思ったことを勝手に書きたいと思います。

「愛の真ん中」という歌

何かを始めたい
でもその何かがわからないから
何かのせいにしておけば
きっと何かが変わると思っている

ーHalf time Old「愛の真ん中」より引用

何かをしたいけれど、何をしたら良いのかわからない、これは多くの立派に見える大人でさえ、若者であった頃から未だに変わらないものだと思うのです。

たとえ自由に謳歌しているように見える大人でも。

何かを追って、何かがわからなくて、「これがきっと”何か”なんじゃないか」と突き進んでみて。うまくいかなければ「これは”何か”じゃなかった」と思うことで諦めて。

 ここではない何処かに自分の居場所があるのでは?と思ったり、ここで生きていくしかないと腹を括ったり。でもそうじゃなかったり。

得体の知れない”何か”に振り回される、けれどきっとその”何か”があると思うから生きていけるんじゃないかなぁと思ったりします。

残念ながら思うこと

もう全て忘れなよ
地位も財産もお飾りだよ
縁側に座って青い空を見上げて
未来と今の話をするんだ

ーHalf time Old「愛の真ん中」より引用

まぁ小汚い大人になった今、地位も財産もお飾りではなく、地位を得るために戦ってきたこと、財産を稼ぐために努力した積み重ねは決してお飾りだとも思っておらず、それぞれに背景があるとは思っています。

未来と今の話をするのではなく、未来へ向けても今の自分を誇っていたいです。はい。

違うな。未来に誇れるというよりは子どもに背中を見せられる程度には立派に生きたいなというかですね。

札束に埋もれて死にたい訳じゃない

ーHalf time Old「愛の真ん中」より引用

札束に埋もれて死にたいです(笑)

死ねるほどの札束を築くのは結構大変だと思うので、頑張った一つの証でもありますしね。

だがそれでいい

とまぁ、少しひねくれた大人の勝手な思いも書き連ねましたが、歌を聞いたり歌詞を読んで感情や思いを言葉にしようと思ったことはあまりないので、それはそれでこの詞の素晴らしいところだなぁと思ったりします。

聞き手がそれぞれに人生を想起したり、共感したり、反論したり、そんな日本語を紡げるHalf time Oldに、しがないモノ書きの1人としてやっぱりちょっと嫉妬します(笑)

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