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娘にあげたスポーツカー

しばらく、娘の名が呼ばれていることに気付かなかった。

一歳半検診の会場に「Rくーん、Rくーん」という声が響き渡る。4回目くらいの「Rくーん」でようやく気付いた。

どうやら、青い服を着せていたので、男の子だと思われたようだ。その後も終始「Rくんは」と言うので訂正するタイミングを逸してしまい、結局最後まで娘は男の子だと思われたまま検診を終えた。

思い返すと親戚からもらうベビー服は、ピンクでフリルをあしらった物ばかりだった。私がシンプルな服を着せていると「もっと女の子らしい服を着せてあげれば良いのに」と言われたこともある。

しかし、本人がまだ分かっていないのだから、女の子らしい服を着せるのだって、シンプルな服を着せるのと同様に大人のエゴだ。だからまわりにとやかく言われようと、ピンクにフリルの服は着せなかった。

ある日、娘が突然、窓の方へ駆け寄り「きゅきゅしゃ!」と叫んだ。近づくと、確かに遠くの方でサイレンが鳴っていた。

数日後、園の送迎をしていると、娘が自転車の後ろでなにやらブツブツしゃべっている。聞いてみると「ブーブー、ばしゅ、とあっく」目に入る乗り物の名前を言っていた。

その日、「しょおしゃ(消防車)ないねー」と残念がる娘の声を背中で聴きながら、やっと分かった。娘は、車が好きなのだ。

と同時に気付いてしまった、我が家に車のおもちゃが一台もないことに。

家にあるのは、ぬいぐるみ、おままごとセット、ピアノ。お祝いでもらったわけではない、買ったのは私だ。そして、車のおもちゃを買ってないのもまた、私だった。

急遽行き先を変更してスーパーへ向かう。

娘が初めて手にした車は、スーパーの端っこのワゴンにあった100円の赤いスポーツカー。それを握りしめ「ブーブー」と目を輝かせる彼女を見て、恥ずかしさがこみ上げた。

私は、ピンクの服は着せないくせに、娘と一緒におままごとをする未来を想像していたのだ。

その週末、すぐにトミカを買った。パトカー、バス、ミニクーパー。今では我が家は車で溢れている。

最近は「くれーんしゃ、ごみしゅしゅしゃ」なども言えるようになってきた。そのうち、車種なんかも覚えるのかもしれない。一緒に自動車博物館に行くのも楽しそうだ。

来月娘は2歳になる。とりあえず、おままごとキッチンのブックマークは全て消した。

プレゼントするのは、子どもが足で蹴って乗れるバイク。
笑顔で乗り回すイカした娘の姿が目に浮かぶ。


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