【8月号】スノードーム6話:ダイアローグ

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2つも学年が上の3年生とは、一緒に活動できる期間も思った以上に短かった。
コンクールの作品は順調に進み、私は海の絵を書き上げた。夕日の中を船が通っていく我ながらロマンティックな絵。夕日のグラデーションと配色は、ルイくんにアドバイスをもらった。だから私なりにすごく上手く描けた気がする。

夏休みを挟んで、作品は仕上がり、三年生は引退。三送会。これが終われば、ルイくんやセイナ先輩と過ごせる時間はきっとほとんど無くなってしまう。更に先輩方は受験勉強で忙しくなってしまって、後輩のことなんて忘れてしまうかもしれない。
このままじゃ終われない。
三送会の日だ、私は決心した。

三送会では、3年生がスノードーム制作を企画した。今までのデッサンや時間をかけたコンクールの作品よりもずっと可愛らしいし飾りやすい。
スノードームの中に入れたもの。

「ユリの雪、それ紙でできてるの?」
セイナ先輩が覗き込む。そう、私はスノードームの中の雪を表すのに粉ではなく刻んだ紙を入れたのだ。思い出の紙を。

「平方根のテストです。ルイくんに教えてもらってたから、満点だったんですよ」
「へぇ、すごい。でも刻んじゃうんだね」
「テストっていくら満点でも、他のプリントと一緒にいつか捨てちゃいそうなので」
「確かに。それだとずっと残るもんね」

セイナ先輩が感心してくれて、なんだか心がくすぐったい。

でも私の勝負はこれから。
「ルイ先輩。今日このあと、お時間ありますか?お話ししたいことがあって」

頭の中で何度も何度も繰り返したセリフを機械的に述べる。一言目さえ言えれば、あとはスラスラ出てきた。
「うん、放課後ね」というシンプルな答えを聞いて改めて、もう逃げられないと覚悟が現実になった。
聞いていたセイナ先輩が、微笑みながらそっと私の肩に手を置いた。


♢♢♢
スノードームは脆い。ガラスでできたそれは、ちょっとした衝撃にも弱く、落ちるなんてことがあれば一瞬のうちに粉々散り散りになる。
でも作った時はどんなことか分かっていなかったなぁ。

あれからも、ユリは不自然にルイに話しかけ続け、ルイは淡々と答えていた。2人とも、今はどこで何をしているんだろう。

♢♢
時の流れは早く、いつのまにか私たちも部活の引退を迎える。
引退に合わせて行われる三送会。三年生がメインになって、美術部での思い出を語らいながらこの1年の記念になるものを部員みんなで作る。今年はスノードームを作ることになった。

スノードームの中にはそれぞれ好きなものを入れていい。お気に入りのものとか、思い入れのあるものとか。
私は何を入れよう……。私にとって大切なものって何だろう。

美術部。この部活が私にとって一番大事。
紆余曲折あった私の3年間を彩ったのは美術部の人たちだ。
ということで、今の部員の数を表す18本の花を、作ってガラスに入れた。
去年、一昨年卒業した先輩たちの分は、小鳥を作って入れた。
スノードームの中は賑やかな光景になった。


そのあと3年生だけでの二次会でご飯を食べに行った。もちろんお酒は入っていないけど、小規模の宴会場でなんとなく周りが浮かれてきたので私とルイは中庭出た。
小さなスノードームを観察しながらルイが言う。
「脆くて割れるものって、なにかしら象徴してるよな」

「また、ルイは難しいこと言う。例えば?」
「人生とかさ」
「私にはよく分からない」
「例えば、このスノードームが、100年後もこの形のまま残ってると思うか?」
「そんなこと……。これは思い出を残すために作ったのに」
「そう、一時的に思い出を留めるために作られた。けれどいつかは壊れるし無くなる。そうゆうものなんだ、スノードームに限らずな」
「それが人生にも当てはまるってこと?」
「そう、人生とか人間関係も然り。人が出会って、一時的に関係を楽しんで、いつかは別れる。そうゆうもの」
「まだ15歳なのに。私は別れなんてまだ考えたくないなぁ」
「それは甘えじゃないか?現に卒業が迫っている。卒業したらもう二度と会わない人だっている」
「でも、同窓会とか」
「じゃあもし俺が明日死んだら?」
「そんなこと言い始めたら……」
「キリがないっていうのか。でもキリがないから人生なんだろう」
「むずかしいよ……」

「ユリと付き合わなかった理由もそんなこと?」
「そうゆうこと」
「ユリがどんなにルイのこと好きだったか、ルイに憧れてたか、分かってるの?」
「相当」
「ずいぶん曖昧な」
「間違ってはないだろう?」
「人と深く関わるのが怖いんでしょ?」
「逆に俺がどれほどミコのこと好きだったかっていうのは」
「答えになってないよ」
「俺はミコから学んだんだよ。どんな大事なものでも、突然終わったりするってこと」
「ミコはルイが根暗になることなんて望んでないはず!」
「それはそうかもしれない。でも深い関係を築いたとして、最後に傷つくのは自分たち」
「傷つくことを恐れていても、何も始まらないと思う」
「いずれ傷つくと分かっていることを、わざわざするのか」
「逆に傷つかない、冒険しない人生って楽しい?強くもなれないよ」
「辛い経験はできるだけ避けた方がいい」
「どんな悲しいことでも死ぬときにはちゃんと終わる。だからそれまでの与えられた時間せっかくならいろんな冒険したくない?」
「うーん、それは一理ある」

「私はね、ルイの答えがどうであれ、ユリが気持ちを伝えられて良かったと思う」
「あの子はなんで俺なんかを好きになったんだろう」
「かっこいいって言ってたよ」
「カッコイイってなんだよ。何をもってカッコイイと」
「中学生女子ってそんなものなんじゃないかなぁ」
「じゃあセイナも俺のことカッコイイってか」
「なにそれ。でも、そんな可能性もあったかもね」

「どっちみち俺はあの子を傷つけてしまったのか」
「そうね、でもね傷つくのも経験じゃない?」
「俺は最初から好きになんてならなければ良かったのにと思うけど」
「やっぱりルイは逃げてるだけじゃん」

「ルイは、なんで部長をやらなかったの?」
「セイナだったら分かるだろう?」
「分かる……気がするような、分かりたくなかったような」

「ミコはどこに行ったんだ」
「分からないよ」
「ミコはなんで消えたんだ」
「分からない」
「俺はミコを救えたんだろうか」
「......わかんない」


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