【6月号】スノードーム4話: 芽吹く

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初めてのテストが終わり、今日から時間割も部活も平常運転に戻った。制服は移行期間に入ったので、半袖の夏服を着ていくと、まだ少し肌寒かった。
部活がなかった期間は、ルイくんの姿はほとんど見えることもなく、そんな日が続くと心が疲れてしまう。

部活のみんなに会えるのは嬉しい。今日は夏のコンクールの説明があるらしく、ワクワクしているけれど、どこか気怠い。
ルイくんは親睦会に来なかった。親睦を、しようとしなかった。私などが関われる領域の人ではなかったのかもしれない。入ったばかりの部活にも関わらず、漠然としたしんどさの正体はそれだ。

帰りのHRで、テスト上位者の順位が張り出されていると聞いて教室は騒ついていた。私もやはり気になり、同じ美術部のユナと部室のある実習棟へ向かう途中、二人で2階ホールの掲示板に立ち寄った。すでに人だかりができていた。

成績順に学年順位が張り出されるというウワサはなんとなく聞いていたから、それなりに勉強はしていたけれど、小学校のように簡単に満点が取れるものでは決してなく、私は軽くショックを受けていた。部活がないと違う意味ではりきっていた吹奏楽部の友達のLINEがちょっとうるさかったりなんかもした。というのは言い訳。

その表は、掲示板をはみ出して壁一面に貼ってあり、その迫力に圧倒された。自分の学年の一覧を上から流し見ると……
あろうことか、5位に私の名前が載っていた。
え、そんなに……?上位者として載るのか否かを気にして来たのに。
ユナが隣で「すごいすごーい」と騒ぎ立てる。私は未だ信じられず、一方で嬉しくて興奮していた。
人混みの中、後ろから静かな会話が聞こえた。
「あ、ユリが5位に入ってるよ」
「おぉ、1年生の最初でかぁ……。なかなかやるよなぁ」

ウワサをしているのは誰だろうと思ってチラッと振り返ると、立っていたのはセイナ先輩と……ルイくん。「なかなかやるよなぁ」と呟いたのは、クールに立ち尽くすルイくん……。信じきれず、でも嬉しくて、私は顔を押さえてひとり過呼吸になった。

ユナは、私がこのランクインに興奮していると思っている。ある意味ではそうだけど、本当はそうではない。もう少しルイくんのセリフの余韻に浸っていたかったけれど、ユナがもう行こうとするので私もその場を後にする。

「あ、ちょっと待って!」
3年生のもザッと見ておきたかった。ルイくんはどのくらいなんだろうと。
真ん中ら辺から見て行っても知っている名前すら見つからず、しかし数秒後に見つけた順位表の頂点にいたのが

久保田 瑠生

ルイくん……、学年1位……。

私が自分が5位に入ったことで喜んでいられたのは束の間だった。ルイくんは、ルイくんは……すごい。

「早く行くよ!」ユナが急かす。
「ん、ごめん、行こう!」
平静を装って部室へ向かった。

私も1位になりたいなぁ。ルイくんの平行列に私の名前も並んだら、どんなに自信を持てるだろう。でも、私の成績は最初限りのまぐれかもしれないし、中途半端な順位を取るくらいならもっと勉強しておけば良かったなぁ。
欲張りな願望と、薄らな後悔がしばらく渦巻いていた。

部室はまだ人が少なかった。ルイくんの姿を見るなり、さっきの「1年生の最初でかぁ……。なかなかやるよなぁ」のセリフが重なり、頬が緩む。
セイナ先輩は新聞紙や画材の整理をしていて、穏やかな手つきにも関わらず忙しそうだった。一方でルイくんは静かに窓の外を眺め、初夏のそよ風に当たっていた。

そして私とユナは荷物を置いて部室の隅で駄弁っていた。
ルイくんはのんびりしている。ちょっと話しかけてみようかな、という考えがよぎったけれど、何をどうやって話せばいいのか分からず、ためらっていると。
「手伝うよ」
ルイくんはセイナ先輩の方に近寄り、画材の仕分けらしいことを手伝い始めた。

その後すぐ、2年生の先輩たちが入ってきて、一気に騒がしくなった。
気の強そうなアカリ先輩と、元気で落ち着かないハジメ先輩
「ねぇ、早く返してー!それ」
「うわ!千切れたんだけどー」
気軽なやりとりで笑い合えて、楽しそうだなぁと私には眩しく見えた。
躊躇って、後悔して、を繰り返す自分がもどかしくて、悔しかった。

部活は5時に休憩に入る。
活動時間中は、ふざけたりすると顧問から厳しい声が飛ぶけれど、5時の10分休憩はなかなかリラックスできる。
私はさっき抱いた悔しさから、衝動的にルイくんの隣の机に移動し、声をかけた。
「ルイ、センパイ」
ルイくんがこちらに目を向ける。三白眼が特徴的だなと場違いにも思った。
「学年1位なんですね!すごいなぁと思って見てました。あの、どんな感じで、んと、どのくらい、毎日、勉強する、されるんですか??」
自分でも噛み噛みであることに気づいて、恥ずかしかった。
ルイくんはちょっと照れ笑いを浮かべ、
「いやいやそんなんでも。5位もすごいよ、それ続けてたらそのうち1位も取れると思う」
「そうですかねぇ……!高校は、どこ行くんですか?」
「今のところ、高専かな」

高専……5年制の、この辺で一番頭いい公立高校より、もっとエリートなとこ?
中学生になったばかりの私でも、高専はレベルが高いことくらい知っている。
「すごい……!がんばってください!」

初めてのルイくんとの会話は、甘く記憶に残った。
緊張したし、知れば知るほど遠く感じたけれど、私が関われない領域というわけでもなく、ごく普通の会話を交わしてくれた。

私がルイくんを追う理由は「かっこいい、なんか魅力的」だったところ
先輩として以上の「尊敬」がプラスされた。


♢♢

部活の片付けをしていると、窓から差し込むオレンジの夕日に心が和む。

「セイナ先輩、あの、今日よかったら一緒に帰りませんかー?」
ユリがにこやかに話しかけてくれた。帰る方向が一緒だということをユリも知っていたらしい。
「いいよ、でも急にどうしたの?」
「んんと、ちょっと相談?したいことが……」
「あら、そうなのね、分かったよ」

相談、かぁ……。ユナとも仲は良さそうなのに、わざわざ私に。部活のことだろうか。
大事な役を任された気分だったけれど、頼ってもらえるのは嬉しかった。

ユリは新入生にしては部活でも明るくて、私はいつも元気をもらっている。今日は休憩時間にルイに話しかけていた。あの、人を寄せつけない雰囲気の人間に近寄っていったユリの勇気は尊敬に値すると思う。

そういえばルイとは、あのケンカ以来もう嫌われたかと思っていたけど、数日後にはどちらともなく自然とまた話すようになった。ネチネチと根に持ったりしないところはルイも男らしいのかもしれない。

部活の後はユリと階段を降り、校門を出て、坂を下った。後輩と並んで歩くことが新鮮だった。ユリも同じ気持ちだろうか。
「今日もお疲れ様だね、部活、楽しめてる?」
「はい!すっごく、楽しいです、先輩たちのおかげで」
「それならよかった。それで相談っていうのは?」
「えぇっと……もうちょっと、ひとけがなくなってからでもいいですか?」

気軽に言えないということは、けっこうプライベートなことのようだ。深刻な相談だったら、私ひとりで対応しきれるかな、と、少し身構えた。
18時を過ぎると、小学校や公園は一気に静かになる。どこかの木から、名前の知らない鳥が田舎っぽい泣き声を響かせていた。
「この辺で、どうかな」
「はい、あの……」

「ルイく……ルイ先輩って、ちょっとかっこいいかもですね。あのー、どうしたら仲良くなれますかねぇ」
……これが、相談の要件?
私のイメージしていた、いじめとかいじめとか、シリアスな問題とは大幅に外れていて、緊張が緩んだ。

「そんなことだったんだね、悩みは。まぁ、ルイはもともと、でもないけど、あんな感じのクールな人だからねぇ。他にも面白い人いるし、ほら、ハジメとか話してみた?めっちゃ明るいし、きっとよく話してくれると思うよ!」
「うーん……でも私、本気なんですよ!?確かにハジメ先輩は元気でいつも楽しそうだけど、私はルイくんと話したいんです!セイナ先輩はルイ先輩と仲が良いみたいで、すごく羨ましいんです!」

私は呆気に取られてしまった。そこまでルイに興味を示す人がいるんだということ、どうゆうわけか私が羨ましがられてること。

思えば、親睦会の時もユリはルイの欠席をやけに気にしていたような……。
こんな相談だとは、全く予想できなかった。

「私はルイとは幼馴染みだから、ほとんど気も使わず話して、いや、最近は気使うんだけど、んー、特に緊張しないでフツーに話しかければ大丈夫だと思うよ?」

「幼馴染み……なんですね。うーん、フツーって逆に難しいですねぇ」
「でもユリはみんなと仲良くなろうとしてて、すごいと思うよ!私より部長に向いてるかも」

「そんなそんな!そんなに、みんなとは喋れないですよ〜……私、ルイくんのこと、好きかもです。……あっ!みんなには内緒ですよ!?」

「……おぉ、そうなんだ!がんばってね!」

好き……。重大発表かのように打ち明ける好意。それってどうゆうことだろう、恋愛、みたいな?
経験もなく想像力に乏しい私は、二人が飛行機で飛んでいってしまったかのような、取り残された感覚が残った。私はいつもルイの側にいたはずなのに、知らぬ間にルイはユリと、私の知らない世界に行ってしまうのかもしれない。

私はクラスメイトの男女の内情にすら疎く、あまり自分には関係ない話と思ってきた。けれど今回ユリの話を聞いて感じたのはどことない疎外感。ユリがルイに恋をしているのなら、私とルイの関係はなに?私もルイは好きだし、ルイも私を好きだから話すはずなのに、それとはまた違う……?

そのとき私は初めて、ルイが他の人に縋ることへの違和感を覚え、ルイのことは私が支えたい、ルイのいちばんの理解者でありたい という願望が潜んでいることに気づいたような気がした。

とはいえ、ユリが私に頼ってくれた、秘密らしいことを打ち明けてくれたことで、心がホカホカしていた。今日の私はきっとまだ、ユリの期待するアドバイスはできていなかっただろう。でもこれからユリが頼ってくれた、その信頼に応えたい。

どうやら私が抱いた2種類の感情は相反しているようで、その後は葛藤に悩まされる日々になった。

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