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【タロット小説】0番「無鉄砲な男」

ヨハンとマトの2人は、小さな町に辿り着いた。
ここは、小さいながらも活気がある市場が中心部にあり、たくさんの人が行き交っている。
威勢のいい掛け声、どこからともなく漂う美味しそうな匂い、色とりどりの装飾品が並ぶ店ー。
マトは見慣れない景色に、キョロキョロしていた。
「あっ、あのパン美味しそうだな。
ヨハン、昼ごはん食べない?」
マトが振り返る。
しかし、隣にいると思っていたヨハンの姿は、そこには無かった。
「あれっ?!
ヨハン、どこ行ったの?」
マトは、辺りを見回した。  

「バシッ!」
ヨハンはすれ違い様に、向こうから来た男と、肩がぶつかった。
「どこ見て歩いてるんだ!クソガキがァ!!」
目の前で怒鳴り散らしていたのは、大柄の、いかにも怖そうな見た目の男だった。
よく見ると、周りには10人ほど、仲間らしき人間がいた。
「お前、俺様を誰だと思ってる?
俺様はこの町一番の…。」
男が話し始める。
しかし、ヨハンは男の話を遮るように言った。
「うるさいな。ぶつかったのはそっちだろ!」
彼は、全く臆することは無かった。
しかし、その態度は、男をますます怒らせる結果になった。
「お前…!ナメた真似しやがって…!」
男の目は怒りで充血し、額には血管が浮き出ている。
しかし、ヨハンも負けてはいない。
「あァ?!ケンカだったら負けねぇぞ!!」
彼は腕まくりをしながら言った。  

ーしかし。
その一触即発の中にやって来たのはマトだった。
「ヨハン!何してるんだよ!」
マトは彼の腕を掴み、言った。
「ん?」
ヨハンが振り返る。
「逃げるぞ!」
マトは、半ば強引にヨハンを連れて走り出した。
「逃がすか!追え!!」
男と手下達は追いかけて来た。
しかし、マトとヨハンは角を曲がったり、人混みをすり抜けたりしながら、なんとか上手い具合に逃げ切ることができた。  

ヨハンは、無鉄砲な男だ。
若さゆえの勢いというものもあるだろう。
しかし、彼はいつも、後先を考えない行動をする。
旅をしようと思い立って、すぐに生まれ故郷の町を飛び出した。
元々腕っ節に自信があるヨハンは、旅に出る前からそうだったが、旅に出てからも、行く先々でトラブルを起こした。
そのせいで大ケガをしたり、役人に捕まりかけたりしたことも、一度や二度ではない。
しかし、ヨハンの無鉄砲な性格は全く変わることは無かった。
マトは、そんなヨハンとは、昔からの友達だった。
小柄で少し身体が弱いマトは、ヨハンとは対照的に心配性で、繊細で、石橋を叩いて渡るような性格だ。
ヨハンが一人で旅に出る、と言い出した時、彼のことが心配で放っておけず、迷った末について来た。
ヨハンとの旅はスリリングで、正直、心配性のマトにとってはストレスを感じることが多い。
しかし、結局マトは、毎回迷った末に、ヨハンと一緒に旅をすることを選ぶ。  

「ふぅー。何とか逃げ切った。」
マトは、町の郊外にある木の下に座った。
辺りは荒野が広がり、人はいなかった。
「あんな奴ら、ケンカしたら俺が絶対勝つのに。」
ヨハンはまだ、息巻いていた。
「もう、いい加減にしてよ、ヨハン。
前もそう言って、ボコボコにされてたじゃないか!」
マトはため息をつきながら水筒を出し、地図を広げた。
「この先に橋があって、そこを渡ればまた町があるみたいだね。
今日はそこで泊まろうか。
もう大人しくしててね。」
マトはそう言って、水を飲んだ。
「…分かったよ。」
ヨハンは少し残念そうに言った。
「じゃ、休憩したし行こっか。」
マトが立ち上がった。
ヨハンもつられて、立ち上がる。
二人は、その橋の方向へ歩き始めたのだった。  

橋には、20分ほどで到着した。
しかし2人は、重大な問題にぶつかった。
橋が壊れていたのだ。
どうやら数日前に大水が出たらしく、その時に橋が流されてしまったらしい。
向こう岸には橋の残骸がぶら下がっていて、川はまだ少し水量が多かったし、流れる勢いも速かった。
「ええー!」
マトはびっくりして、また地図を広げた。
川下に向かうと、ここより大きい橋があるらしいことが分かった。
しかし、そこに行くには大幅に遠回りをしなくてはならないようだった。
今日中に町に辿り着くことができるのかも分からない。
しかし、この川を渡ることはできない。
ジャンプしても、ギリギリ向こう岸に飛ぶことができるかどうか…そんな、微妙な川幅だった。
泳ぐことができないマトは、万が一を考え、遠回りすることにした。
「仕方ないか…ヨハン、行こう。」
しかし。
ヨハンは、ジャンプして向こう岸に行く気満々だった。
「よっしゃ、行くぞ!」
腕まくりをして、屈伸をしたヨハンは、向こう岸を見つめている。
「はァ?!」
マトが大きな声を出した。
「何だよ、そんな近くで大声出すなって。」
びっくりしたように言うヨハンに、マトは畳み掛けた。
「僕が泳げないことは知ってるよね?!
落ちたらどーすんの?!
だいたい、ヨハンはいつも考えてなさ過ぎなんだよ!!
いつもいつも振り回されてうんざり!!
もう知らない!僕は向こうの橋から行く!!
ジャンプでもなんでも、勝手にすれば!!」
マトはぷいと横を向き、どこかへ行ってしまった。
「おい!マト!待てって!
…あー、行っちゃったよ。
しょーがねぇなぁ…。」
ヨハンは少し困ったように言った。
が、マトのことは仕方ないので諦めて、とりあえずジャンプでここを渡ることにした。
ヨハンは眼下に流れる川を見下ろした。
3メートルくらいの高さはあるだろう。そして下には、まだ少し水量が多い川が勢いよく流れている。
彼は、ふぅ、と深呼吸すると、向こう岸に向かってジャンプした。  

ーマトは、あんなことは言ったが、こっそり戻って来た。
やはり、ヨハンを放ってはおけなかった。
ヨハンを放って行くことができるなら、もうずっと前にそうしている。
できないから、今日まで一緒にいたのだ。
マトが戻って来ると、宙を舞うヨハンが、向こう岸に着地したところだった。
「!」
マトはびっくりしてそこで固まったまま、立ち尽くしていた。
向こう岸に着いたヨハンは、振り返ってマトに気付くと、手を振った。
「よぉ!マト!
おまえもこっちに来いよ!」
さっきまでマトに怒られたことなど全く意に介さず、何事もなかったかのようにヨハンは言った。
何事も引きずらない性格は、良いところなのかー。
マトは我に帰るとおそるおそる、川岸に近づいた。
遥か眼下に流れる川。
風が吹き抜け、思わずマトは顔を引っ込めた。  

「怖い…」  

マトは思った。
が、少しだけ、ヨハンの真似をして、ジャンプしてみたいような気持ちもあった。
心配性も、度が過ぎると少し窮屈だ。
たまには無鉄砲なこともやってみたい、そんな気持ちもあった。  

マトは、何度も深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。
心臓がバクバクと音を立てている。
マトは意を決して、向こう岸に向かってジャンプした。  

ーしかし。
あとちょっとのところで力及ばず、マトは真っさかさまに川へ落ちていった。
「マト!」
ヨハンは手を掴もうとしたがそれもできなかった。
マトは、川にボチャン、と落ちて、姿が見えなくなった。
ヨハンは荷物を全て置いて、川へ飛び込んだ。
マトは泳げないのだ。このままでは溺れ死んでしまう。
ヨハンはどうにかして、気絶しているマトの腕を掴むことができた。
しかし、泳ぎに自信があるヨハンも、この川の勢いの中ではどうすることもできず、マトを掴まえておくのが精一杯だった。
2人はどんどん、川下へ流されて行く。
あの橋の辺りからかなり下った場所でたまたま倒れていた木に引っかかり、2人はようやく、陸に上がることができた。
もう辺りは真っ暗になっていた。  

2人は辺りから木の枝を拾い集め、焚き火をしながら暖を取っていた。
近くの木に、びしょ濡れになった服を干し、取って来た川魚を焼いて、2人で食べた。
地図も、荷物も、何もかもここには無かった。
「何も無くなってしまったけど、命があって良かったなぁ!」
ヨハンは、能天気に笑っていた。
「何笑ってるんだよ…。」
マトは少し呆れていた。
が、ヨハンが自分を助けてくれたことに感謝していたし、命が助かって良かった、と、安堵していた。
ヨハンが一緒なら、なんとかなる。
そんな不思議な安心感が、マトの胸を包み込んでいた。  

ーendー